これはすべての人に言えるかどうかわからないけれど

沸き立つ情熱をどれだけ持続させ

どうやってまっすぐに伝えられるかが

わたしたちが生きゆく上の課題のひとつだと想う。

 

 

絵描きであれば、その1枚を描くのにどれだけ熱量をかけたのか、

音楽を奏でるならその1曲に

小説なら1冊を編むことに

どれだけ自己対話をし、そこへ熱が生まれた時間を持っているか。

 

 

不確かな感情を手持ち無沙汰にしながら

消えかかる炎に絶え間ない火を送り続けてていると

どこかで確認めいた炎の揺らぎが見えてくる。

 

 

ずっと熱を持ち続けている人だけが世に残る、

という一瞬の手応えのようなゆらぎだ。

 

 

 

エネルギーが枯渇し、熱量が持続しなかった時間は

あっという間に消滅し

作品はこの世に生み出されることなく、ただ、闇雲に死ぬ。

 

 

わたしの葬られた残骸たちが散らばる暗い部屋で迷う。

 

ずっと熱が続くかどうかが一番の敵だ。

 

いつにない迷いがあるとき、炎の揺れを感じて目を閉じる。

 

 

 

かつて環境的に困難だった頃、わたしは

ひとつの作品を仕上げるのには相当量な資力と熱を欲した。

 

理想の創作のためには、環境もさることながら

被写体へのこだわりや完成後のゆくえをどこへ設定するのかを優先していた。

 

 

だから、誰のためになにを創るのかという

大切な要素が欠落していたように想う。

 

経済的にも難しいことが起こっていた。

 

大量のフィルム、大量の現像液、テスト用の印画紙、

海外遠征、スペース、競争のように出続ける新しい機材。

 

これらを確保するために生活の一部は犠牲になった。

 

撮影後も現像に出さずにいつまでも放置しているフィルムもたくさんあった。

 

なぜかといえば情熱が持続しなかったのだ。

 

自分が枯れそうになったことも少なくない。

 

そして大量のフィルムに収められた誰かの人生の一瞬や、

連続した時空間を切断した塊のような出来事たちは

もう一度息を吹き返すことなく消滅していった。

 

 

 

デジタル時代になり、エネルギーがそれほど持続しなくても

たやすく写真を人に見せることができるようになると

さほど熱を帯びていない写真が日常を埋め尽くすことになった。

 

 

しかし同時に、なにもバイブレーションを感じない

他人のアウトプットを見せられるたびに

低い熱量が伝染するようで気分が滅入り、辟易した。

 

 

なかにはデジタル機器のハイスピード感覚を自由に操って

最高に面白い作品を生み出す人たちも存在する。

 

それだけがわたしにとって唯一の救いだった。

 

 

 

よく質問を受ける答えがここにある。

「自分の写真が人にうまく伝わらない、どうしたらいいか?」

と言う人たちは

自分の熱量が足りないことを疑っていない。

 

 

ここで厄介なのは、妙な自尊心が芽生え

「わたしの熱い想い」を写真に込めてゆけばいいという

考え方が生まれてしまうことだ。

 

 

しかし、それは、他人の大量アウトプットに感染している

ということに気がつかなくてはならない。

 

本当にそれが自ら沸き起こっている情熱であるのか、と疑うべきなのだ。

 

このような「うまく伝わらない症候群」の質問があると

わたしはこう答えるようにしている。

 

イージーに写真が撮れ、創れてしまう領域の中から出るべき、だと。

 

 

誰もが立っているその位置のセキュリティゾーンから離れて

あたらめて目の前を視ると、

自分だけのルールや被写体の選び方、事象への考え方、

情報の削ぎ落とし加減が全く別の方向から光がさしてゆくがわかる。

 

 

 

今あるものを度外視し、孤立して

人よりも3年先をあえて失敗しながら突き進み、

時にプライドを捨ててでも、

今まで関わらなかったような境界へ近づいてみる。

 

 

さらに言えば、作品を理解してほしいと想うとき、

作家は説明的にしてしまい、よりセキュリティゾーンに位置しがちだ。

 

 

この説明をしたくなる部分を大胆に削り落とすことで

最終地点が飛躍的に変化することを恐れてはいけない。

 

つまり、伝えたい情報を排除するというリスクがある分

視覚的には逆に印象に残り、

オーディエンスの想像力をかきたてるのだ。

 

 

 

セキュリティゾーンは自意識の範疇から抜け出すことはできない。

 

そこから脱走してはじめて、次元を超えた欲望に出逢え、

新しい自己が現れ、情熱と呼ばれるものが生まれる。

 

その熱を持続してこそやっと

本当に伝えたい人へ伝わってゆく作品になるのだろう。

 

 

 

あなたが今、なにか大きな理想を持って

暗闇に向かって進んでいるのであれば

かならず光が見える場所まで歩み続けよう。

 

 

 

 

どうか、きみよ
 

 
この世になにも生み出しもしないまま
 

散りゆくなかれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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