ターンテーブル
日々の泡, 随想

ターンテーブル

 

緩やかな曲線を描くコンクリートのトンネルに覆われた空港の動く歩道。

 

その先にある小動物を飲み込んだばかりの蛇の体内を想わせる

黒いターンテーブルへ向かって歩く。

 

疲れたように横になっているスーツケースを拾い、

薄暗い到着ロビーを抜けて外へ出る。

 

 

ローヒールの足音が思いのほか大きな音を立てて、バンコクの上空へ響く。

 

 

夕刻5時のスワンナプーム空港のタクシー乗り場は、

熱っぽいスコールに黒々と濡れ

どこからか香草の苦い香りがした。

 
ダウンタウンまでの道のりは

曇った窓ガラスと、ひっきりなしに鳴るクラクション、

対向車のヘッドライトと、

上下左右に大きく揺れ動く落ち着かない車内のなかでよく見えない。

 

この状況を落ち着かないなどとわたしは思わない。

 

生きて息ずくひとの集合体のなかで

わたしは、魂のスイッチが入ったようにそわそわする。

 

 

エンジン音や町の騒音と混じって

タクシードライバーが選んだラジオ音楽が懐かしい。

 

 

「オナカ、スイタね」

 

どこの国でもドラバーは片言の日本語を理解して喋る。

 

サフランライスとグリーンカレーという

王道のタイカレーの看板を掲げた小さな屋台のまえを横切った彼は

バックミラー越しにわたしを見ている。

 

年季の入ったミラーに映る浅黒い顔の大きな目が

夕暮れの太陽のオレンジ色を想わせる。

 

なにもかもビビッドで眩しい。

 

 

 

いつもなら、ホテルで荷物を降ろしたあとシャワーを浴びてから

ダウタウンに戻って夜の屋台を楽しむのが常だった。

 

ホテルのレストランで食べる豪華なお皿に盛られた

美しいグリーンカレーは、

わたしには高級すぎて味がわからないからだった。

 

 

いかにも東南アジアの高級リゾートらしいモダンな造りの

バンコクのホテルは確かに魅力的だが

 

何度か足を運ぶうちに、世界中にはびこる同じような建物の

同じようデザインのひとつにしか思えなくなっていた。

 

 

さらに明日から3日間、間違っても趣味が良いとは言えない

中国人とのクライアントとの打ち合わせが朝から入っていて

抜け駆けでダウンタウンには行けそうもない。

 

 

ここ何年か仕事を優先してきたばかりに

地元の文化や雑踏に触れることもなく帰国便に乗っていた。

 

安全圏の無菌な世界だけを渡り歩くだけなら

ずっと日本で篭っていればいいのに、

 

一体わたしはなにをしているのだろう・・・・

 

そう思った途端、わたしはドライバー席に手をかけ顔を突き出し

同時に「戻って」と口走っていた。

 

驚いたドライバーが四角でエンジンを止めた。

お腹のなる音がして二人で笑った。

 

 

「わたし、オナカ、スイタ」

 

「ジャあ、行きましょうネ」

 

 

蛇腹のようにくねったダウンタウンの細い道をUターンして

対向車をするりと避けてタクシーが走る。

 

 

色とりどりの夜景と香草の匂いを混ぜ合わせながら

左右上下に車内が揺れ、

 

名も知らぬ町の小さな屋台目指すわたしの旅がようやく始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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