僅かに色合いを変えることがよくある。

写真で言えば雰囲気とか空気感と言われる

全体的なトーンを調整することだ。

 

モノクロームでも同じで、ごく僅かにブルーやマゼンダを

グレーグラデーションに潜ませてみる。

冷調や温調と呼ばれる微妙な色合いを何色も重ねプリントの発色を決める。

 

モノの捉え方や視え方は人さまざまだ。

だれもが世界を同じように視ているわけではない。

 

本来、ひとりひとりに別の視え方があり

それは感じ方にも通じ独自の世界観を描く。

それをわざわざ同じにしようとする必要はどこにもない。

 

そんな当たり前のことを、

漠然とだけれど初めて感じたのは小学生低学年のころだった。

図画工作の時間にクラス全員と公園へ行き、

好きな場所へ分散して公園内の自然を描く校外学習の日だった。

 

わたしが晴れた秋空の視える噴水の前で

鉛筆の下書きに水性絵の具で写生していた時、

どこからか金木犀の匂いがしたその甘い空気を描きたくて

空の色を微かに桃色と薄紫色に塗った。

 

そのとき、付き添いの教師に

「なんでなの?空はそんな色?水色でしょ?」と言われた。

 

その日は秋のよく晴れた光の眩しい季節だった。

夕日が染まる前の、青い空が薄っすらと桃色をおびてゆく中、

アーチにからまった野ばらの蕾のふくらみが

ほのかなピンク色に輝く、穏やかな陽気の日だった。

 

やがて巡ってくる冬の寒空の印象が、子供ながら淋しく感じていたのだろうか

細かくは覚えていないけれど、淡いピンク色と薄紫色の空や

その空の色を受けて変化する木々の輪郭や

公園の雑草や噴水のしぶきがキラキラと輝き

星屑のような金木犀の匂いと同化していたことだけを覚えている。

 

教師に言われて周りを見ると、

確かにほとんどの子が空を水色に塗っていた。

 

わたしは、なにか良くないことをしてしまった、

と思う反面、その教師の言うことは間違っていると

反抗的な気持ちになった。

 

プラスチックの水入れで筆を洗い、

濁った水を見ながら目の前を染める薄い紫色の空を塗り直そうか

と思ったがやめた。

 

噴水は西の陽を浴びて金色に光出し、

上空はゆっくりと紫陽花のような色を濃く染めていった。

 

わたしはその時のモヤモヤとした気持ちを言葉にできなかったけれど、

自分には事実、こう視えているものを

なぜほかの子と一緒にしなければならないのか?

という素朴な疑問を持っていたのだと想う。

 

写生大会でいつも入賞を取っていたわたしは

この日に描いた公園の絵は上位から外され、

その悔しさから根強く覚えていたことだった。

 

多かれ少なかれこういう体験は誰にでもあるのではないだろうか。

 

大人になり社会に触れると、

なんでもかんでも決まりごとや制約が多く

見ることもまたそれによって画一化されがちになってゆく。

 

子供はそのことを紛らわしく感じる。

その感度も強くて速い。

 

一方、その時のわたしには不安も芽生えていた。

実際には水色なのに、自分の目だけがおかしいのではないか?

と思ってしまったからだ。

 

もしかしたらわたしは本当に目がおかしいのかも知れない。

夜中にベッドで本を読みすぎて目を悪くしたのだろうか。

あるいは父か母の影響で先天性の視力の病気が発覚したのかもしれない‥‥‥

 

今考えると馬鹿馬鹿しい妄想だが、自分が他者と違うということは、

子供にとっては悩みや大きな不安をもたらすものだ。

 

けれど、わたしはすぐにそれでもいいと考えるようになった。

 

子ども心に他の人とは違う感じ方や視え方をするのは

なんとなく勘づいていたことだし、

違っていることはなんでもないと思えるようになった。

 

人によってモノの見え方が違うという当たり前の事実に、

他の子の絵を見ながらやっと気がつきはじめたのだと想う。

 

モノの見え方も感じ方も、違っていて当たり前。

目の前の光景の、どこをどのように見るかも人によって違うし、興味の質だって違う。

 

だからわたしもこれでいいのだ。

 

もしも世界の見え方がみんな同じで、現実の捉え方まで画一化されてしまったら

画家や写真家など必要がなくなってしまう。

 

どう見ることも自由だし、どんな風に見えるのかも多様だ。

 

そうでなければ色んなモノを見るという行為そのものが

こんなに楽しい体験であるはずがない。

 

 

 

 

幼い頃の遠足はなぜあんなにも楽しかったのか。

世界はどこまでも広く知らないことばかりで不思議に満ちていた。

 

奇心の赴くまま、土の中や樹の根っこや

虫や鳥や石や貝殻、水たまりや雨の雫が堕ちた草花を飽きずに眺めていた。

 

それらを家に持ち帰り、絵や写真にして楽しみの密度をいっそう鮮やかに、

自分だけの世界を創っていた。

 

幼い頃、わたしは身体が弱くあまり外で遊んだ記憶がない。

 

けれど、だからこそ視て感じることが好きだったのだろう。

遠くへ行かなくても近くの公園や庭先や校庭に、世界は堕ちていたのだと想う。

 

もちろんこれはわたしだけの話ではない。

誰だって視ることが好きだろう。

 

子供ならなおさら好奇心の感度が強く

自分の中で意味や用途にまだ支配されていない世界

無意味なルールによって制限されていない現実を

驚きと悦びをもって見ているはずだ。

 

空の色を“水色”に視るということもただの束縛にすぎない。

 

現実を感じることになにも決まりもないし約束事も守る必要などない。

 

むしろ、どんどん約束など破ったほうが

本当の感性が現れるのだろうと想っている。

 

有無を言わさず摘み取られてしまったような幼い日の憤りを想い出せば、

視るものすべてに疑問を持っていいのだという声が聞こえてくる。

 

 

わたしたちを取り巻く不自由な世界をどう捉えるのかは

視る目の自由さに比例してゆくのだ。

 

 

水入れの中で濁ってゆく水は

疑問の数だけ混ざり合った色を孕みながら

 

いまも、世界のどこかで発色している。

 

 

 

 

 

 

 

 

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