流れの緩やかな水面に、

水彩絵の具を流したような色とりどりの春色が反射している。

望遠レンズでその輝きを視ながらわたしは、

ふいに、あの水に触りたい衝動にかられた。

 

 

最初に水に潜った記憶は近所の川だった。

お気に入りの人形を抱いてわたしは川沿いの土手を歩いていた。

まだ小学校にあがる前のことだ。

そこに、あまり見かけたことのない少し年上の男の子が立ちふさがった。

 

「どこに行くの」

「ミカちゃんち」

「ねえ、そこにすわってごらん」

 

男の子は勝気そうな黒い眼をしてわたしをじっと見たあと、

川べりのコンクリートを顎で指した。

 

川の向こう岸には、背の高いススキが

土手いっぱいに黄金色に揺れていた。

 

夕焼けの色なのか、輝いているススキの色なのか、

川もを照らす色彩が眩しかった。

 

わたしは知らない男の子の言われたとおりに

冷たいコンクリートに座った。

 

「下を見て」

 

何が見えるのだろう、と川の水をのぞきこむと

後ろからどんと背中を突かれ、滑りながら落ちた。

 

川の濁った水の中で、人形お金髪が逆立っていた。

 

わたしは水に浸り土手に立ちつくす男の子を見ていた。

なにもかも歪んで流れてゆく水の外の世界。

 

けれど、怖いとは感じなかった。

 

それから水面に浮かび上がると、

落ちたほうの岸ではなく

ススキが揺れる反対側まで渡り、よじ登った。

 

どうやってたどり着いたのか、まったく覚えがない。

わたしは人形を脇に抱えながら、

何もなかったかのように、ススキの中にしゃがんだ。

濡れて重たくなったスカートを履いている自分がなんだかおかしかった。

 

落とした男の子は、そんなわたしを向こう岸でじっと眼を光らせて見ていたが、

自転車に乗った大人がやってくると逃げてしまった。

 

この出来事がわたしはずっと不思議だった。

川は下流だけれど足がつかない深さだったし、

わたしはまだ泳げなかった。

 

泳ぐどころか、身体が弱かったため運動を止められていた。

夏になると水遊びがてら、

水が膝までのビニールのプールに入ったことがある程度で

泳ぐことも溺れることも知らなかった。

 

なのに、水を飲んだりすることもなく、

5メートルほどの川幅を渡りきったのはなぜだろう。

 

 

無我夢中とはこういうことなのか?

いや、もしかすると、わたしにはなにか

水から見守られるような運命でも持っているのか。

 

 

女の子が川に突き落とされるという、

あまり愉快でないはずの小さな事件とでも言うべき経験だが、

それはわたしの中でちょっと風変わりな忘れられない記憶になっていた。

 

 

そして「他の運動はまったく苦手だけど、泳ぐのは抵抗がない」という、

感覚を身につけたまま大人になった。

 

はじめてダイビングをしたのはタイの南にあるピピ島を訪れた時だった。

ライセンスなど意味を持たない島の男たちに教わり、

毎日飽きずに潜っていた。

 

ダイビングの面白さは浮力だ。

最初のうちは深く潜れなかったり、

どれくらいのタイミングで呼吸をするのかが上手くつかめないが、

回数をこなすうちに、自分の肺の中の空気の量によって

浮力がある程度コントロールできるようになる。

 

すると、身体と対話する快感が生まれる。

島で潜ってしばらくすると、ふと、あの日の記憶が蘇った。

 

 

 

 

川に落ちたとき溺れずにすんだのは、

左腕に抱いていたプラスチック製の人形が浮き袋になってくれたにちがいない。

 

遠く南の島で謎が解けた瞬間だった。

紺碧の海に浮かびながらわたしは、

人形を買い与えてくれた天国の祖父に手を合わせた。

 

そして、川に落ちても大事な人形をしっかり抱いて離さなかった

わたしの強い独占欲にも感謝した。

 

もちろん、その金髪の人形、マリーちゃんにも。

 

マリーちゃんとわたしに呼ばれていたその人形は、

川に落ちたおかげで綺麗だった金髪はからみ、

体中に砂がいっぱい入って無残な姿になってしまった。

 

命の恩人であることを誰にも気づかれぬまま、

砂まみれのマリーちゃんはゴミ箱行きとなった。

でも決して忘れることはなかった。

 

もしかしたら、水中で髪を逆立てていたマリーちゃんは

重力から放たれて、つかのまの自由のなかにいたのかもしれない。

 

わたしが怖い記憶を想いださないようにと

母が気を使って処分してしまったけれど、

人形の浮力で助かったと知ったら、大人たちはどんな顔をするだろうか。

 

 

わたしを川に落とした男の子は、

直後に近所の人が聞きこんだところによると、

隣町で札付きの悪ガキ兄弟の兄のほうだった。

 

両親をなくしていて児童養護施設で暮らし、

その日は行方不明になっていたと聞いて子供ながら不憫に思った。

 

だから、誰も、川の話をしないようにしていた。

 

あの男の子は、

今ごろ、どうしているだろうか。

 

 

 

水面に浮いた木の葉が魚の屍体のように鈍く光り、

浮きながら離れて行くのをフレーミングしながらわたしは

春の衝動を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

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