制作に行き詰まったら模範をすると良い

そんなステレオタイプなアドバイスはいまや全く通用しない気がして

わたしは、ただ、感覚の深い海へ降りてゆく。

 

それは浅い過去の波に溺れるのではなく

深海の、静謐と快感が混ざりあった未知へつづく自己意識だ。

 

 

 

 

 

幼い頃、広い庭の花々やそこに集まる小鳥や

きれいな色の蝶々を眺めているのが好きだった。

 

美しい世界を眺めていると気持ちがやすらいで

病気がちだったわたしの身体が温かく感じられるからだ。

 

ファインダーを覗いていると

あの頃の、心揺さぶられる世界、

好きなものをまっすぐに探せるピュアな直感にたどり着ける。

 

色も形もその時に感じた甘くてせつない記憶は

普通なら留めておけるものではなく

時間とともに流れ去ってゆく宿命なのに、

写真はその流れてゆく時間ごと

ぎゅっと束ねて別の次元に閉じ込めたみたいで

欲深いわたしにはぴったりな視覚表現だと今さらながら思う。

 

撮っているときのわたしの肉体は

別の時空間にすべり堕ちたような感覚になり

こちら側に帰ってこれなくなりそうな衝動を覚えるときがある。

 

もし、写真の神様がいたとしたら

わたしはきっと、愛されているのだろう

と思う瞬間がなんども起こっては繰り返して

わたしのその気にさせるのだ。

 

欲しいのは、この恍惚感だ。

 

旅に出たときの開放的な空気、きれいな景色

樹々が揺らいだときに生まれるプリズム

なんでもないような日常

フォルムが美しい草花

ザワザワする表情、ムード、発色、凄みのあるモノクロ

滑らかなグラデーション、構図の巧さ、光の読み

すべて大切な要素ではあるけれど

どれが一番ではなくて

 

きれいじゃなくても、光っていなくても

構図を考えなくても、ぶれていても

 

そのとき本当に感じたことに対して

素直にシャッターを押してしまう何かが

写真にあればそれでいい。

 

 

 

世界は闇のなかで

どろどろとカオスな感情が渦巻いて、感度が低く

カメラなど持たない方がいいと思えるひとも多く存在する。

 

けれど、それもそれでいい。

 

そういった自分や他人、社会や世界に対して

ぜんぶひっくるめて

いつでも正直に立ち向かうからこそ

残すべき事象があるのではないか。

 

だから、幸せであっても、希望や喜びや愛や未来でもいい。

 

不安や恐怖、失望、悲しみ、不信、欲求不満、エゴ、罪悪感

なんであっても

わたしの魂はそれを感じたまま吐露する方法をいつも求めている。

 

 

ほんの一瞬だけれど、

言葉にならないわたしの思いが

他人の姿をしてヴィジュアル的に再現されることがある。

 

わたしは他人の心の中まで知ることはできない。

 

唯一、わたしができることは

これまでの経験や感情と

目の前に起こっていることをつなぎ合わせ

まだ見ぬ未知の時間にまで広がるものへ

昇華させることだろうと思う。

 

まばたきしているすきに消えてしまいそうな感動を

ファインダーを通して上手く捉えることができたなら

それはわたしだけのものだ。

 

模範でも過去でもない。

わたしだけのもの。

 

 

 

 

 

 

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