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ご両親を早く亡くした彌生さんにとって、

華道家の師匠は親代わりだったという。  

 

突然の悲報による彼女の落胆ぶりは大きく、

企画をしていたすべてが中止となった。  

 

出版の準備はとり残され、

一年間撮りためた宝物のような写真だけが

わたしと彼女のあいだで宙に浮いたまま彷徨っていた。    

 

 

彌生さんの悲しみが風化するまで、 わたしは待つことに決心した。  

 

その間、ときどきアトリエに顔を出し

元気を取り戻す彌生さんを見守る日々をかさね、

一年が経とうとしていた。    

 

 彌生さんは京都の古い商家に生まれ

正式にいけばなの手ほどきを受けたのは5歳の頃。  

 

裏山で野花を採ってかざりながら、四季のあつらえを覚えていた。    

 

 

夜も開けない早朝、

自生する自然を好む両親と手をつなぎ、

草花を取りに出かけるのが

幼い時からの日常となっていった。        

 

その後、突然の事故で両親を亡くした彌生さんは

天涯孤独の身となってしまう。    

 

花以外の仕事に就くことは考えられなかった彼女は

大学卒業後、パリへ留学を決め 現地で働きながら

花職人としての修行時代を過ごした。    

 

けれど、帰国後、西洋と東洋の植物への考え方の違いや、

花をいけるという行為について疑問を持ち戸惑ってしまう。    

 

自然環境を無視した日本の生花業界への憤りに直面するたび、

彌生さんは自分の進むべき道を失いかけてしまったのだ。    

 

幼い頃につちかった植物への愛情と哲学は、

西洋のそれとは別物だということは知っていた。  

 

世間との折り合いをつけるために努力をしたが

すでに収益目的でしかなくなってしまっている日本の市場に

自分の居場所が感じられず、

社会から取り残されたような暮らしをしていた。    

 

草花のない生活は考えられなかった彌生さんは、

ある日、一条の光もない日々に終止符を打つように  

京都美山の峠で、自給自足で暮らす華道家を訪ねた。    

 

彼女は、人里離れ自然と語らう時間に身を置くことで

本来の自分と花との関係を考えたかった。    

 

師匠はすべてを受け入れてくれた。  

花の道では知らない人がいない厳格で孤高のひとだった。    

 

花に身を置くことなしに花をいけることはできない、

という師匠の言葉通り

自分のあり方が現れるいけばなをしたいと強く思い

彼の、華道家としての美学に彌生さんは魅了されていった。      

 

 

あたりにはなにもなかった。  

在るのは儚い虚ろいだけだった。    

 

音楽は梢の葉擦れの音だった。  

 

巨木に耳をあてると、

樹木の音のさらに奥にある旋律が聴こえた。  

 

朝露で濡れる草の銀色のひかり。

 

濡れてなお発色する苔のビロードのような手触り。

 

鳥かごから放たれたように空を舞うトンボの群生。  

 

仙人草の蔓が白い花をつけて大きくうねりながら

狂ったような勢いで山を駆け抜け、

すべてを覆ってゆく短い奥山の夏。    

 

野鹿が通ったあとの雑草が揺れ、

透明な羽の蝶が 金の粉をふりまいて月夜に消える。  

 

何もかも死に絶えたような冬の峠は、

草木が動物の骨が渇いて跡をとどめたような姿に変わった。    

 

雪と死骸に囲まれた暗い冬の生活は

もう二度と緑が生えないのではないかと震えた。    

 

師と同じ土に触れ、種を育て、小さな虫と戯れた。  

 

それは、夜明け前、

季節の草花を収穫しに裏山へ行った 幼い自分を想起させた。  

 

 

彌生さんの峠の暮らしは日本古来の花の世界について

身体ごと深く知ることになった。       

 

稲を育て、収穫し、集落の農家で野菜作りを教わった。    

 

毎日、朝日とともに鬱蒼とした山へ入り、

野花と語らい、 四季の声を聞いて過ごした。    

 

 

 

      つづく          

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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