空中庭園 1
随想

空中庭園 1

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まっしろな雲が街の上空で眠っているような静かな午後、  

わたしは、春物の軽やかなコートをはおり 彌生さんのアトリエを訪ねた。    

 

蔦におおわれた入り口を開くと

ふわりと優雅な木の香がたちこめる。  

 

 

落ち着いた間接照明の灯りにてらされた店内は  

若葉や新芽をつけた枝ものや、可憐な野花、 淡いいろの花もならび、

優しい季節のめぐりを感じさせてくれる。    

 

 

長かった冬のせいか、

公開アトリエには 軽やかなパステル色の花の前でたちすくむ人たちが目立った。  

 

 

今日の枝ものを見にくる人、

草のかおりを楽しむ人、

彌生さんのブーケの予約を

5ヶ月待ちでようやく受けとれて満面の笑みをこぼしている人‥‥    

 

 

わたしは店内の様子をかるくスナップしたあと、

その長いアトリエの奥にある作業テーブルにすわり 黙って彌生さんの手さばきを見ていた。    

 

「あら、いらっしゃい」

 

そう言って振りむく彌生さんの声は

清らかな水辺に咲く水芭蕉のように可憐だ。    

 

彌生さんは、花養いと呼ばれる下ごしらえをはじめていた。  

 

植物たちが彼女の魔法の手で、生き生きと蘇るのを待っている。  

花鋏の心地よく枝を切る音が小さなアトリエ内に響きわたる。

 

  彼女の華奢な指さきが、葉の一枚一枚をこするように触れてゆく。    

 

細い指さきを流れるように葉脈の中心部にあて 軽く折り曲げたあと、

すっと力を抜くと うなだれていた葉の折じわが伸び、

縮こまっていた緑に張りとみずみずしさが宿る。    

 

繁り過ぎた葉や枯れた花は素早く丁寧に整理され、

花人の細やかな目と指さきで、より美しい姿になってゆく。    

 

無駄な植物の葉を捨てるというのではなく、

個々が一番輝ける姿になれるよう導いているのだろう。  

まるで、垢ぬけない少女が立派なレディに生まれ変わってゆくように。    

姿が整っていない茎や枝は、

何度かひねって形を覚えさせているのだと聞いた。  

 

彌生さんは時に折れそうなぐらい

強く曲げて 草木のフォルムにキュッと負荷をかける。  

長く太い樹木の枝に全身の力をかけてゆく姿は、

植物たちといっしょに踊っているかのようにも見える。    

 

彌生さんのリードに身をまかせた草花は

頑固にあっちを向いて様にならない形だった硬い枝も

またたたく間に美しく滑らかな曲線を描いて 素直なポーズをするようになる。    

 

植物の記憶を上書きしてしまうその技術は、 魔法としか表現できなかった。    

 

 

花養いは大胆で華麗だ。  

根を割り、皮をむき、切り込みを入れ、

 

折り曲げ、叩いて潰し、ねじり、  

 

逆さにして水をさし最後に優しく全体を愛撫するかのように撫でる。    

 

しなだれていた草木が失われた時間を巻き戻され   いっそう艶をだし、  

 

萎れていた花弁が生気を取り戻して発色する。      

 

「ごめんね、苦しかったねえ。

ほら、もう大丈夫。お水、気持ちいいねえ」  

 

花養いの儀式を終え、自然のいとなみの中で

今なお咲き誇っているかのように生き返った草花に触れながら  

無心で話しかける彌生さんを初めて見たとき  

 

わたしは、この人を撮りたいと強く想った。    

 

 

* * *      

 

彼女の写真集を創る、

そんな夢のような話が持ちあがったのが2年前の今頃だった。    

 

彌生さんは花屋という形態にとらわれず 月に数回、

自宅のアトリエを公開している。  

 

里山で自生する草花を中心に、

日本の伝統的ななげいれを 現代スタイルで築いてきた。    

 

山の自然を壊さないためにも

野山に行き草花を採ってくるのは 週に1回だけと決めている。    

 

自然から花をいただきすぎてはいけない、と彼女は言う。  

 

往復5時間をかけて収穫したその日だけは 自

宅の1階のアトリエを公開して 一般にも作業のようすを見学できるようにしている。    

 

お花屋さんのような温度調整のガラスの花置き場もなければ、

売るための草花も常時置いていない。    

 

けれど、人々は彌生さんの扱う花に興味が絶えず、

不規則に公開するアトリエを訪れては 彼女と彼女の扱う草花を見て、

傷を癒されたように軽やかになってゆく。    

 

花人としての彌生さんは、

普段はホテルやホールなどの 作品のインスタレーションをこなしたり、

なげいれを活けに訪問先で花を創っていた。  

 

その他はすべて自然保護に向け、単独で活動していた。  

 彌生さんの花の世界を写真でどう表現すればいいのか。  

 

この一年、つねに頭の片隅に彼女の姿があった。      

 

わたしは彌生さんの静かなパワーの前で感動するばかりで

いくらでもシャッターチャンスがあるのにもかかわらず、

何を撮ったのか覚えがないほど濃厚な時間が過ぎていった。    

 

アトリエで草木に息を吹き込む恍惚の時間。  

 

樹齢100年の老 梅を活けた迫力の京都の冬。  

 

白い芍薬と青竹のインスタレーションをした軽井沢の蒼い休日。

 

  里山の朱赤の実りに話しかけている聖母のような優しい目。    

 

彼女の生きざまを記録した写真集が やっと完成しようとしていたその矢先、  

 

彼女の敬愛する師匠がこの世を去った。          

 

 

つづく    

 

 

 

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