空中庭園 1   空中庭園 2        

 

 

 

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師匠のいけばなの哲学は、自然を大きな手本としていた。    

 

自然に身を委ねた日々のなかで様々な作意や趣向が生まれ、

伝承となって現代に至っていた。  

 

彌生さん師の言葉をとおし、師との語らいと山の生活の中で

そのすべてを吸収していった。    

 

それは、大地に生きる木物に

人間が寄り添うように 自然の景色を宇宙と見て取ることだった。    

 

 

花人としての私は、 山の神と里の人間をつなぐ役目を果たしている。  

 

花をいけることは、

目に見えるありのままの花ではなく

目に見えないあるべき花を目に見える形にすること。    

 

樹木の声を聞きながら生活をしているうちに

彌生さんは師匠と同じく、独自の流派を生みだし

花人として生きることを決心する。    

 

峠の暮らしは好きだったが、

野生の草木や花を保護する活動を続ける資金作りのために

京の山を降りて街に暮らし、仕事を取るようになった。    

 

自分の養いのために年に3ヶ月ほど 師匠の暮らす美山へ滞在しては英気を養っていた。      

 

彼女は、人間が素材として改良した園芸品種の花や

それを使って外側だけきれいに仕上げるアレンジメントを拒み、

自生する野花を生活の中に取り入れるスタイルを一貫した。    

 

やがて花のない花屋として認知され、

彼女の独創的な哲学と 野山を再現したような作風が人気を呼び、

現代華道家の一人者となった。    

 

自然保護の活動も徐々に認められるようになり

彌生さんに共感する人が全国から集まる野花のワークショップを

年に数回開催している。      

 

 

 

 

花養いの作業にひと段落すると、

「もうすぐ山も咲くわね」  

と彌生さんが天使のような笑みで微笑んだ。  

 

  小柄でショートカットの彌生さんは、 実際よりもひとまわり以上、若く見える。      

 

 

「彌生さん、今日はお花があるんですね」  

 

あまり仕事に熱心ではない彌生さんは、

特別な注文以外 花市場へ仕入れに行かない。  

 

珍しく新聞紙に包まれてバケツに入った色とりどりの花を見つけ

今日は一緒に花束を作りたいと申し出てみた。    

 

「明日ね、知り合いの方の記念日なの。よかったらこれ使ってね」  

 

「わたし、ブーケにしてみようかな」

 

  彌生さんは、それはいいわね、

と言うと 水揚げを終え、

命を吹き込んだ花々と枝ものからお手本を創ってくれた。    

 

 

「ブーケはね、作りながら考えるときもあるけれど、

最初は、好きなカタチや色やイメージを決めてから手にとってゆくの。  

でね、それからはお花に任せちゃうのよ。

こんなのを作ってやろうと思って無理に束ねていると、

茎に当たる手が、なんだか違うっていう感じがするの。  

 

花や草木が、あれ、ちょっと窮屈だな、とか

嫌がってるなってわかるから感じてみて。  

 

私の場合、お客さんがお値段より高く見えるようにしてって

リクエストがあるんだけど、 そういう時、手の中に違和感があるの。

 

それね。   人間の邪気が入ると、どうしてもお花に伝わるんだと思うわ。  

 

だから、なにも考えずにお花に任せてあげるの。

誰のために飾るのか、って大切だとは思うけれど それも最初だけ。  

あとは花に聞くの。

簡単でしょ?」    

 

小鳥のさえずりのように話しながら、あっという間に花束を作り、

 

そばにあったアンティークのガラス瓶にそっといけた。  

 

吹きガラスのところどころ厚みの違ううねりが 水の入った茎の部分を、

薄紙で覆ったように隠してくれる。  

 

野山で採取された早春の草花と まだ硬いグリーンのチューリップが

ルネラリックのモダンな花器の中で誇らしげに映る。    

 

彼女の魔法の儀式を終え、大胆な曲線の表情を見せるチューリップは

曲線美のガラスから生まれてきたかのごとく調和していた。    

 

それは、器がどういう花を欲しているのかを見抜いた人だけに

本当の姿をお披露目しているようにも想えた。    

 

彌生さんは、自然の中に自分の魂を長いあいだ、植えつけてきたのだろう。  

 

だからこそ、草花や花を最大限に蘇らせることができるのだ。  

 

繰り返すことよって、彼女と、自然界と人間の、

密度の濃い関係を築いていったのだと思う。      

 

アトリエの花を好きなように使っていいと言われ わたしは、

カタチや色や香りを選んでいった。  

 

いつもなげいれしかしたことのないわたしは ブーケを作るのははじめてに近かった。

 

 桜色の淡いピンクに咲くオールドローズの大輪を選んで左手に持つ。  

 

小さな棘が、これ以上、握りしめないでとでも言うように

わたしの手のひらをチクリと刺す。  

 

長い時間、花を持ちっぱなしの左手は自由がきかないまま

欲する草花を右手で取っては束ねてゆく。  

 

彌生さんの言う通り、迷いのあるわたしの手のひらの茎は余裕がなく、

どこか違和感があって窮屈そうに感じた。    

 

棘の痛みは、わたしではなく花の嫌がる声に聴こえる。  

そうやっていつまでも思うようにならずに

いびつな花束を持った左手が痺れてくる。    

 

「親指の、開きやすいほうから、ついお花をいれたくなるけど、

そこばかり新しく足すと偏ってしまうから、裏からも足してあげてね。  

こんなふうに中指とか薬指で、入れるお花を固定しておいてから、人差し指をくぐらせるのよ」

 

 魔法の手が教えてくれたようにやってみるが、 実に難しくて指がつりそうになる。  

冷たさが痺れを強くし腕も痛い。  

 

「イタタタ‥ やっぱり、わたしなげいれの方が向いてるみたい」  

そう言ってごまかし笑いをするわたしをかばって一緒に笑ってくれた。    

 

「どういう風にいけても本質は同じだから、もっとリラックスしてみて。

花をいけるということは、その花の力を出してあげるってことよね。  

 

それは、表面に見えている花のカタチや色じゃなくて、

茎とか葉っぱとか、根っこの方に近いものだと思うの。  

ここに来た子達は、もう根がないから命がないわけじゃなくて

人間のエゴでわざわざ断ってまで飾られるのだから、

自然界にあるより、もっと華やかにしてあげてもいいのよ 。  

 

こうして隠れているものを開かせると、

突然色っぽくなったり、発色がよくなったりして  

 

本当はこの花はもっと

派手に咲きたかったんじゃなかったのかなって 思うことがよくあるわ」    

 

 

彌生さんの話に熱がこもり

栗色の短い髪がガラス越しの春の陽だまりで優しく光った。  

 

お化粧っ気のない桃色の頰は、

いつか見たルーブル美術館の絵の中で 天空を舞う天使によく似ている。    

 

目の前に天使が降りてきてオールドローズを手に取り

花の中心へふっと息を吹く。  

 

果実の皮を向くような手つきで

花びらを開き 眠っていた雌しべと雄しべの部分を目覚めさす。    

 

すると花びらの裏から透ける脈が上昇し

花びらの先のまで血が通ったかのように張りが出て  

いっそう艶やかな色になり、甘く妖しい匂いに充ちてゆく。    

 

「ほらね。お花って結構大胆なの」

  彌生さんは言いながら嬉しそうだった。    

 

 

わたしは、痺れる手の緊張をゆるめて

淡い上品なオールドローズを眺め、

同じようにふっと息を吹きかけてみた。    

 

天使の吐息じゃないと夢から覚めないのか

わたしの手の中で匂い立つことはなかった。                    

 

 

 

 

つづく        

 

 

 

 

 

 

 

 

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