若いアーティストから一番多い質問が「ラフ案の作り方」だ。

 

 

つまりこれは、映像業界でいう絵コンテのこと。

 

イメージ写真でも、フォトエッセイでも

下書きをするのが常識としている世界だが

わたしには関係がないようだ。

 

もし、あなたが、この創作プロセスにご興味があれば

最後までお読みいただけるとお役に立てるかもしれない。

 

 

実は、わたしが写真表現で使用するために

設計図やメモ、ネタ帳といったものを一切描かない、

 

コマ割りや構図政策もしない

というと、若い彼らは目をキラキラさせて驚く。

 

「一体どうやって撮影イメージを決めているのですか?」

 

「下書きも描かないってことですか?」

「全部感覚で?」

「じゃあ、撮影の準備は?」

「被写体とどんな話をするんですか?」

「なにも決めなくてどうやってスタッフに指示をするの?」

 

 

もう一度言うけれど、わたしは

下書きやコマ割りや構図、

いわゆるラフ案というものを描かない。

 

 

過去データをプリントした

簡単なイメージならばスタッフに残すけれど、

 

背景や構図を描いて、人物を配置するような

絵コンテというものは一切作らない主義。

 

エッセイも同じく、一度しか書かない。

 

 

これには、いくつか理由がある。

 

まず、ラフ案は、絵コンテが必要な絵描きや

映像作家がやるものであって

 

イメージを可視化して具現化するタイプの

写真表現には向かないとわかったからだ。

 

《イメージとはつねに揺らいでいる映像であり

その一部をすくい取ったものが表現》

 

となんども書いている通り

写真は刹那だと思っている。

 

 

わたしに限ってはどんなクリエイティヴ表現でも同じで

例えば、エッセイの構成や文章を書くときも

あらかじめラフを描くことはない。

 

なぜかと言うと、

すべてのイメージは脳内にあるから。

 

もっと言うと、「ある」というより

「居る」という方がわたしにはしっくりくる。

 

 

ただ、困ったことにわたしは頭がよろしくないし記憶力も低い。

 

 

だから、脳内に濃密なほどにいるイメージ像を

持ち帰って来たくても

つい、とりこぼしたり忘れてしまうことがよくあった。

 

これは困る。

 

 

そこで、大切なイメージを忘れないように

自分だけのキーワードをつけ、自由に扱えるようにするには

どうしたらいいか?

 

それには、よくあるメモ書きではなく、

ましてやラフ案や構想でもない。

 

記憶が新鮮なうちにそのキーワードを開くと

脳内の映画が流れだし

印象的な映像がすぐに思い出されるようなシステムを作ったのだ。

 

自己流だけれど、これが一番使い心地がいいし

イメージが煮詰まったら、

フィルターにこびりついた古いイメージを

すーっと洗い流せるところも気に入っている。

 

 

想えばわたしは、写真を撮り出した頃から

ずっとこの方法で創作をしている。

 

誰かに教わったわけでもないし、

完成度などもともとないのだけれど

 

「一体どうやって?」と訊かれてから

ああ、この方法をみんなに教えたいな、と考えていた。

 

 

独学ながら、この感覚表現が生産的だと信じているし

これからもずっとこの方法で創作してゆくだろうと思う。

 

 

もっと多くの人へこの方法を使って欲しい思う理由は

創作者にメリットがたくさんあるからだ。

 

 

たとえば、どんな人にでも頭の中に完璧な絵があるのだけれど

それをアウトプットした途端、

完璧ではなくなってしまうことに気づく。

 

ひどく残念な気持ちになる。

 

一般的に言われているアイデア帳なども同じく

真っ白な紙にラフ画を描き、

脳内イメージが描いたものと置きかわったものと対峙したとき、

 

一瞬でそのラフに描いた絵がたったいま、脳内で起こっていた

鮮明なイメージとはほど遠くなってしまい、

せっかく可視化されたというのに

もはやどうでもよいシロモノになってしまうのだ。

 

あの時の心地悪さといったら

自分のセンスを疑いたくなる。

 

 

わたしがラフ案を描かない理由はこれだ。

 

だから脳内イメージを紙に描くのは

「ただの一度きり」

にしなければならない。

 

 

わたしの中で生まれたイメージは

最後の最後にアウトプットされるため完璧だ。

 

それについて他者が何を言おうと全く揺るがない。

 

 

そもそも、脳内の無限なイメージというのは

フルカラーの超ハイテク技術の映像で

すべてがパーフェクトだということを思い出して欲しい。

 

 

その像は、フルオーダーの自分好みに作られた映画で、

 

セリフや音や匂い、湿度や気温、手触り、風味など

なんでも揃っている完璧な世界。

 

特に文章を書くときには、ここから

欲しいイメージだけをもぎ取るようにする。

 

そのため、物語の背景をセットするのに困ることはない。

 

書きたいイメージを背景からはじめることも可能だ。

 

 

脳内から新しいアイデアを取り出したときには

既に場所や時間、コマ割りや小物、構図、

 

人物ならそのキャラクターイメージや性格、好み、

行動の仕草などもすべて決まっているので

書く作業に集中することができる。

 

 

ラストに向かって書くことがなくなってしまったり

無理して完結することもない。

 

構成をしないので、後からエピソードをどんどん入れ込むこともある。

 

その方が簡単だということは、随筆を経験している人なら

すぐにわかるだろうと思う。

 

 

ラフ画を描く労力も時間も必要ない。

 

そのため、書くべき内容のストックを制限なく持つことも可能だ。

 

 

結論の変更、物語の流れの変更、

キャラクターの性格やルックスの変更、

気象の変更、朝を夜に、陽を雨に、

 

どんな選択も脳内ならいつでもできる。

 

もちろんデメリットもある。

 

文章を書くときであれば

最初から最後までを映像で記憶するため、

 

イメージする像が覚えておけない人や

映像ではなく、一枚の絵や写真しか覚えられない人、

 

また、カラーではなくモノクロでしかイメージできない人には

不向きなのかもしれない。

 

 

これは訓練だ。

 

やり方を知り、可視化したい映像をイメージでいっぱいにしてゆけば

きっと誰でもできる。

 

想像力に能力の差などない。

 

イメージ写真を作る場合も原理は同じだ。

 

なお、写真の場合は文章のように無制限ではないため

イメージを取り出した後、いったん、整理をしなければならない。

 

物理的に可能か不可能か?

場所や時間は予期できるか?

どこまでコントロールできるのか?

 

この作業がラフ画を描くことに近いので

先ほども書いた通り、1度しかしない。

 

リリースしたらすぐに撮影する。

 

そして終わる。

 

 

どう考えても物理的に難しい場合のみ、

フォトエッセイにして可視化できない部分を

文章に置き換えている。

 

 

フォトエッセイに関しては

逆の順に創作する場合もある。

 

つまり、先に文章を書いてそのあと撮影をする

というパズルをはめ込んでいくやり方だ。

 

ぎゅっと濃縮したアイデアを取り出すタイミングは

トレーニング次第でいつでもできるようになる。

 

 

長くなってしまったのでつづきは次回にでも・・・・・

 

 

 

 

 

 

Model:心月 mitsuki

 

 

 

 

 

 

 

“脳内創作ノート (前半)” への1件のコメント

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