DSC_7446-58p1

 

Model:  心月 Mitsuki

Nikon D800 +ZEISS Milvus 1.4/50

 

 

 

20代の頃、ネイルサロンを経営していた。

 

 

まだ名古屋に6件しかネイルサロンがなかった頃だった。

 

春。 タクシーから眺める満開の櫻が

闇に浮かんで蒼く発光していた。

 

その粒子があっという間に流れてゆくのを

ぼんやり見つめながら深夜帰宅すると

マドンナの新しいミュージュックヴィデオがテレビで流れていた。

 

 

わたしは、その神がかった映像を録画し

次の朝から、毎日繰り返し観た。

 

 

早朝、ミュージュックヴィデオを観て

 

マドンナを自分の中にぎっしり入れながら

スーツに着替え、フルメイクで武装し、

12センチのハイヒールを履いてサロンへ出勤していた。

 

 

サロンの売上は恐ろしいほど上昇していたが

わたしの身体は負の細胞を食べるかのように蝕まれていった。

 

 

大雨の日も、灼熱の真夏も

ヴィデオを観てから出かけ

 

わたしの脳内に映像を流したまま経営していたサロンへ向かい、

仕事が終わると

また部屋でマドンナを観た。

 

 

 

不思議と曲を覚えなかった。

 

 

歌詞の意味も知ろうと思わなかった。

 

 

ただ、中毒のように

毎日、身体に彼女を摂取していた。

 

疲れているのだろうと思っていたが

本当は違う。

 

 

浸透させていただけだった。

 

いま、それがどうゆうことだったのか

よくわかる。

 

 

観ていたのは

メロディや歌詞ではなく、

マドンナのオーラだった。

 

 

 

彼女の放つオーラによって、

労働と歪んだ社会の混沌の中で、

呼吸を整え、

正気を保とうとしていた。

 

 

 

経営などなにもしらない自分が、

美容業界の荒波に揉まれ、擦り切れ

 

すべての価値基準からはみ出され、

朦朧としていたときに

無意識に求め、無意識に摂取していたのは

 

 

マドンナのオリジナリティや天才性や

否定やショックや美学でもなく、

正気を保つためのオーラの吸収だった。

 

 

 

人が持つオーラ。

 

 

生き方だけではなく、

そのひとなりの呼吸感でもあり

 

地位や、存在そのものをふくめた

価値観や環境や

 

その人と共に生きるほかの人たちへの

責任がとれるひとだけに許された波動。

 

 

 

それに触れると乱れてた呼吸が整い

地に足がついて冷静になり、

 

いつしか軽やかな自分になって

 

「大丈夫」

ゼロからはじめようと思わせてくれる。

 

 

 

マドンナから放たれるオーラは、

 

混沌に対して抜群の殺傷力があった。

 

 

それは、必ず効くとどめの一撃だった。

 

 

 

サロンを閉店した同じ年、

日本講演を観に行って

中毒者たちと同じの吐息に酔った。

 

 

スタジアムの席という席が

地獄蟻のように真っ黒に埋め尽くされ

ライブ会場そのものが心臓となり、

 

胎児のように胎動するのを見渡して

こめかみの痙攣を覚えながら、

 

 

あの時、長い暗闇の中で

わたしだけに観えた太陽の眩しさは

 

 

なぜか蒼かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です