読む寫眞  20 -現代神話とラストボヘミアン-
写真論, 神話

読む寫眞 20 -現代神話とラストボヘミアン-


 
 

 

 

photo@Ryan McGinley

 

 

 

 

 

 

まるで映画のようなサクセスストーリーを歩み

現代神話をリアルで生きるアーティスト、

ライアン・マッギンレー。

 

 

写真家という枠を超えて誰からも愛される彼の作風は

日本でも大きな反響を呼んだ。

 

シリーズとなっているこの「読む寫眞」のミッションは

アートや写真について特別な知識がなくても

作家の背景や時代性を理解でき、作品の物語を紐とくこと。

 

 

今回は、新人アーティストの夢物語をリアルライフにした

ライアン・マッギンレーのサクセス・ストーリを追ってみた。

 

欲しいものは欲しい、と言いい、

本当にそれを手に入れることができる人を

目指したい方へ、ぜひ読んでいただきたい。

 

 

 

 

 

 

 

ライアン・マッギンレーが弱冠25歳の時にホイットニー美術館で個展を開いたことは、

アメリカ写真史上伝説的な出来事としていまだ鮮明に記憶されている。

 

それは、彼がまだパーソンズ美術大学の学生だった2000年のこと。

 

先輩アーティストのジャック・ウォールズに勧められ、

ソーホーのウエスト・ブロードウェイにあった巨大なロフトで初個展を開き

展覧会に合わせて作成した100部限定の「ZINE」を

出版社やナン・ゴールディン、ジャック・ピアソン、

ラリー・クラークら敬愛する写真家たちに送った。

 

 

うち一冊が雑誌「Index」の編集者の手に渡り

才能が認められて大きな特集が組まれ2002年にはインデックス社から

写真集「Ryan McGinley」が刊行された。

 

その活躍が当時のホイットニー美術館写真部門キュレーター、

シルヴィア・ウルフの目に留まったことがきっかけとなり

2003年の個展に至ることとなる・・・

 

というウルトラ級のミラクルな話は今や現代神話となっている。

 

 

 

 

 

彼がこのような快挙を成し遂げた経緯は、まさに夢物語のように聞こえる。

 

けれど、ここで一つの疑問が持ち上がる人も多い。

 

なぜ、マッギンレーはいとも簡単そうに華々しいサクセスストーリーを歩み

爆発的な人気を築くことができたのだろう、と。

 

その裏で何が行われていたのか?

順に追ってみたいと思う。

 

 

 

 

 

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神話1− ダン・コーレン
ダッシュ・スノウとの運命の出会い
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メディアから「ウォーホル・チルドレン」とも称され、

1990年代後半から2000年代にかけて

ニューヨークのアートシーンで旋風を巻き起こす3人組

ダン・コーレンと、ダッシュ・スノウ。

 

いまは亡きダッシュ・スノウとマッギンレーが出会ったのは、

まだ彼らが10代の頃だった。

 

15歳のコーレンと17歳のマッギンレーは

故郷のニュージャージーでスケーター仲間として出会っている。

 

2人は学校の授業がない日は仲間を求めてニューヨークに繰り出し、

それぞれの作品をお互い見せ合ううちに

ルームメイトとして生活を長く共にする親しい仲に発展してゆく。

 

一方、4つ年下のスノウとは、ニューヨークに移り住んだ1996年に

当時15歳の彼と出会っている。

 

「Sace」というコードネームで知られていたスノウは、

違法なグラフィティ行為を連夜繰り広げる常習犯をして

グラフィティ集団「IRAK」と共にニューヨーク市警からブラックリストに名前を挙げられるなど、

スケーター仲間の間でもその悪名はかなり鳴り響いていた。

 

 

そんな背景も個性となって無名のアーティストだった時代に

お互いの作品を認め、刺激し合う良き友人であった。

 

ライアンは毎晩のように仲間たちとパーティー三昧の生活を送りながら

カメラを持ち歩いてその様子を収め

身の回りで起こることすべてを意識的に、ある意味執拗に記録していた。

 

 

マッギンレーの当時の写真には、マーク・ハンドレイ、アガサ・スノウらを含む

同世代のアーティストが数多く登場し

9.11以降のアートシーンに彗星のごとく現れた

クリエイティヴな若者たちのエネルギーに満ち溢れている。

 

 

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神話2− 兄の死、新たな時代
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マッギンレーの初期作品を理解する上で

彼と家族の関係、特にゲイであり、HIVで亡くなった兄の存在も大きい。

 

 

それは彼が16歳だった頃。

ニューヨークに繰り出すときはいつも頼ってた兄がHIVを患い

壮絶な死を遂げるところを目の当たりにしたマッギンレーは、

早くから死のむごさや生きることの切実さを痛感した。

 

 

マッギンレーの快楽主義や空想的でポジティブな世界観には

もうこの世に存在しない親愛なる兄を思う気持ちが

強く反映されているのかもしれない。

 

 

自身が兄と同様にゲイであるということを自覚し、

母親を中心にカミングアウトすることができたのは

目の前にあるすべてのものに疑問をもち、

 

 

自身の価値観を構築するために試行錯誤を繰り返し

混沌とした思いで過ごした時期を乗り越えたからにちがいない。

 

 

10代という早い時期に確固とした自己形成を迫られたマッギンレーが、

20代でアーティストを志したときに

自覚的、もしくは戦略的に作品を作る方向に走ったことは容易に想像出来るだろう。

 

 

友人同士でドラッグ、セックス、馬鹿騒ぎをする様子を写した

マッギンレーの初期作品について人々が騒ぎ立てる中、

 

「New York」誌でのインタヴューでスノウはこう答えている。

 

「みんながライアンの作品に夢中になるのは

束縛からの解放と快楽主義についての物語を

ライアンが紡ぎ出しているからだ。

 

 

ナン・ゴールディンやラリー・クラークは

思春期特有の心の痛みや不安について作品を作成したけど

ライアンがホイットニー美術館で展示した作品は

とても空想的で、陽気で賑やかで、何からも自由で解放された

サブカルチャーの世界だったんだ」。

 

 

不安定なティーンエージャーたちのポートレイト

の官能的なヌード、ニューヨークシーンなど系譜に位置付けられながらも

それらとは一線を画すポジティブな魅力と可能性にあふれた独自の世界観。

 

 

そのハートフルさは現代の人々に新鮮に映り、

特に同世代の若者から絶大な人気を得た。

 

 

前世代の若者文化を促えた写真作品とちがい、

彼の作品は皮肉や退屈さ、そして不安を欠いている。

 

 

彼自身や被写体の生活は無邪気な明るさを手に入れたようにも見える。

 

 

また、1980年〜90年代にかけてアメリカ美術界を覆ったエイズ危機の時代、

特にセクシュアルマイノリティの作家によく見られた

「哀しみ」や「憂い」と言った表現から、

ようやく抜け出した時期だったのかもしれない。

 

 

 

 

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神話−3 アンダーグラウンドシーンの関係性
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写真家自身がここまで多くのファンから支持を得たことは

ロバート・メイプルソープ以来だ

と言われている現代神話の作家、ライアン・マッギンレー。

 

 

ギャラリーでマッギンレーの個展が開催される度に

道にあふれ出るほどのファンが殺到し、

近隣の住人からクレームが発生して警察が乗り込んでくる騒動が起きた。

 

 

ニューヨークのアート史というものはアンダーグラウンドカルチャーから

いつも刺激を受けながら発展してきている。

 

その動きは、無名のアーティストが別のアーティストとの運命的な出会いを果たし

相乗効果を巻き起こすことで可能であったように思う。

 

 

例えば、メイプルソープは1960年代後半に

パティ・スミスというミューズと出会うことで才能を開花させた。

 

アンディー・ウォーホルは名もない若い才能を時代の流れに合わせて

スカウトする才能があり、彼らとコラボレーションを積極的に行うことで

1960年〜80年代というロングスパンで輝かしいキャリアを築くことに成功している。

 

 

マッギンレーがコーレンやスノウと出会ったことは、

間違いなく彼をスターダムに押し上げた一因である。

 

だが、その陰で、

彼の才能を見いだす人たちが数多くいたこと彼もまた周りをサポートすることで

アートシーンの中心的人物になったことが注目されている。

 

 

ライアン自身、どんな人でも先入観なく受け入れる心の広さを持ったアーティストであり、

友人として仲間を率先して助ける優しさを持っていることは有名だ。

 

 

その証拠に、現在もフォト・エディターとして、多くの無名アーティストを紹介したり

他の雑誌で仕事をするときに友人の作品を編集者に積極的に見せている。

 

 

マッギンレーが周りの人たちをサポートすることで

コミュニケーションを形成し、その結果、作品だけでなく、

彼という人物が支持を得ることになったとも言えるだろう。

 

 

 

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神話4− リアリティからファンタジーへ

来るべきヴィジュアルカルチャーを見据えた表現
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ホイットニー美術館での個展以来、

周囲で起こることのリアリティを追求する姿勢から

出演する撮影に移行する転換期を迎える。

 

2003年夏にバーモント州に別荘を借りて仲間たちを招待し、

彼らのありのままの姿を可視する過程で、

だんだんと被写体が思わず我を忘れてしまうような状況を演出し

陶酔の中にあるモデルたちの瞬間をカメラに収めるようになった。

 

 

その後、彼は8人の友人と3ヶ月にわたる大陸横断の旅に出る。

 

それは、アシスタント2名を引き連れ、事前にロケーションハンティングを行い

モデルに資料を見せながら綿密に動きをディレクションするという

大掛かりな撮影旅行だった。

 

 

 


 

 

 

「Photography After Frank」の中の

フィリップ・ゲフターによるエッセイで、マッギンレーは

プロジェクトで表現したかったことをこう残している。

 

 

「私の写真は人生を謳歌するものでその喜びで、美しさだ。

しかし実際に世界にそれらは存在しない。

私が生きていたいと思う、本当に自由で、ルールがない

つまりファンタジーの世界なのだ」。

 

 

被写体は、写真に撮られるという意味を分かっている。

 

彼らは、カメラの前で自覚的に演じていて

そうすることで自分自身を探求しようとしているようにも感じる。

 

それは、まさにコンテンポラリーな表現だ。

 

それは、現代の若者がヴィジュアルカルチャーの意味をじゅうぶん理解していて

コミュニケーションを生むだけではなく、

自身のアイデンティティを作るものだと察知しているようだ。

 

 

つまり、モデルの彼らはアーティストと自主的に

共同制作をしているのではないかと思うのだ。

 

ライアンが決定的なブレイクを果たした2003年ごろは

SNSでセルフポートレイトを発信することはできなかった時代。

 

けれど、このことは彼も彼の作品の中の若者たちも

来るべきヴィジュアルカルチャーの到来を

先鋭的に感じ取り、予知していたようにも考えられる。

 

 

伝統や既成の概念に縛られず自由奔放に生きることは、

iPhoneを片時も離さずソーシャルメディアで明け暮れ

検閲と情報に縛られた現代社会と比較すると

確かにラストボヘミアンと呼べるかもしれない。

 

 

ニューヨークのアンダーグラウンドシーンは

大人がぼやく懐古主義をせせら笑う威勢のいい若者たちによって

これからもきっと支えられていくことだろう。

 

 

日本のアートシーンだけではなくコミュニティビジネスのあり方、

自由な生き方を描いている彼から学ぶことは、予想より遥かによ大きい。

 

 

 

 

 

 

 

 

現代の生きる神話を生きたい人へ
是非手に欲しい1冊  Ryan McGinley
Ryan McGinley  : Way Far
 

 

 

 

 

 

 

 

 

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