Model :MITSUKI

 

先日、「SAKURA狂的TIME」

セレクト能力のたいせつさ審美眼の持ちかた、恐ろしさについて書いた。

 

わたしが若いアーティストたちにお伝えしたかったのは

《本当に伝えたいことが表現できている写真》を積極的に選んで欲しい、

ということだ。

避けたいのは、過去に囚われただけの消極的なセレクト

 

世間の流れやルール、セオリーとされているものと照らし合わせながら

「あれはダメ」「これはウケない」などと外していく

消去法」をやっていないかどうか?

連続性と哲学を感じられない「結果」だけを選んでいないか?

 

もしそうであるならばすぐに切り替えて冷静に俯瞰したい。

 

 

世論に合わせた「消去法」であれこれと迷ったあげく、

最後に残ったものが本当に自分にとってのベストショットなのかどうか

気づくと思う。

 

いま求めているテーマやコンセプトに沿った作品へ

まとめ上げることができるのか?

 

他者視点で選んでゆくうちに個性が打ち消され、

常識どおりの画一的な写真が残っていないかどうか?

 

あちこちで良く見かける誰かの写真と似ていないか?

 

評価されるはずの個性的な写真も

このような選びかたでは誰からも選ばれない。

 

撮影の時と同様。

 

自分の視点や発想に自信を持って

テーマやコンセプトに合った写真を選びだし

作品にエネルギーを注ぎ込んでゆきたい。

 

 

どんなにきれいに撮れていても、テーマやコンセプトから逸れている写真は

思い切ってセレクトから外す勇気も必要。

 

逆説的に、撮影直後にイマイチな瞬間だったと思った写真を

無意識に消去するしていないだろうか確かめて欲しい。

 

それらの写真の多くは、他の人から見れば

心揺さぶられる作品であることは少なくないからだ。

 

写真は時間を封じ込める。

 

だから未来に向けて取られた可能性もある。

 

「いま」の自分のフォーカスだけで写真を整理し

時間を消去してしまっては何もならない。

 

視点や意識が変われば、感性ではなく

無意識にシャッターを押した時間が

優れた作品になることを信じていたい。

 

 

それを可能にするのはあなただ。

 

 

 

 

 

 

 

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