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以前、彌生さんと一緒に里山を歩いて草花を採ったことがあった。

 

その花を部屋に花をいけたその時、決定的な違いを感じた。

 

 

不思議なことに、いける花が園芸店で売られている花のときは、

いけ終わると、ああ、いけたな、と終わってしまっていた。

 

それ以上なにも余韻を感じなかった。

 

 

ところが、彌生さんが採取してきた自然のなかに咲いている種の花の場合、

無心にいけ終わると

 

空間に花を感じる以上に

自分が安やかな気持ちになるのだった。

 

 

言葉にすると、何かを果たした、そんな感じが残った。

 

 

それは、彌生さんの言う「最後まで見届ける」ことだったのかもしれない。

 

 

人が造った命ではなく、自生して咲く花というのは、

いけて生かされることを通じて初めて本当の「花」になる。

 

単に花が花としてあるのではなく

花が心のあかしとして蘇生するからだ、

そう話して貰ったことを想い出す。

 

 

だから約束を果たした、という

安堵に似た気持ちを抱くのかも知れないと思った。

 

 

彌生さんのように、花に対してくつろいだ優しい気持ちで接すれば、

何十年来の友達のようなリラックスした花が生まれるのだろう。

 

 

「私は花にならず、花になってゆかない心は信じない」

とも彼女は話してくれた。

 

 

わたしは、そのことを思い出して、いつまでもしっくりこない

手の中の花束の、花になってゆけない姿がみすぼらしく見えた。

 

 

 

「いける花って、その時の自分の気持ちや年齢によって

全く変わってくるものなのでしょうか‥‥」

 

彌生さんに尋ねると、彼女は森の中でハミングするように話してくれた。

 

 

アトリエにはお客さんの姿はなく、ガラス戸の向こうの樹木が

午後ののんびりとした影を落として佇んでいた。

 

 

「そうねえ、人って自分のことはわからないものよね。

けれど、そのわからない自分が、何かに触れたり

当たって痛みを感じたりして

 

ああ、私ってこうだったんだな

こんなこと好みじゃなかったのに、

どうして今、手を出しているんだろうって発見する生き物だと思うの。

 

それは、季節がめぐるとの同じで

つまり、常に自分を発見しながら

移ろっているのものだしそれでいいの。

 

時間の流れが自然とおんなじにあるってこのことかもね。

 

そう、、、 いける花も年齢ともに全く変わっていくものよ。

 

私、誤解されるからあまり言わないんだけど、、、

 

いわゆる型の決まったアレンジメントだとか流派は

18の女の子がやっても70歳のおばあちゃまがやっても

 

ルール通りに花を埋めていけば同じ花ができちゃうでしょう?

 

型にはめた花をわざわざいけるのって私は理解ができないの。

 

いける人の年齢や個性によって生き方が変わってゆくのだから

生まれてくる心も当然違う。

 

 

仮に同じ種類の花をいけても、その人が追い求めてきた世界の深さによって、

全く違う花になってゆく。

 

それが本当の、花をいけるってことだと信じてるわ。

 

花はその人そのものだもの。

 

 

だから、私が、花になってゆかないものは

信じることができないって言うのはそういう意味なの」

 

 

 

 

花はその人そのもの・・・

 

わたしは自分の手の中にあるブーケを見て、不思議な気持ちになった。

 

 

いつもは選ばない種類の、淡いオールドローズは

わたしの潜在的な憧れのようなものが現れてきたのだろうか。

 

 

用意してもらった銅製の細長い花器に花を入れ

彌生さんのブーケの横に並べる。

 

わたしの作ったブーケはどこか緊張していて、

真新しい季節にぎこちなく立っている少女の姿を思い浮かべた。

 

 

 

 

即興の花教室が終わると、アトリエに続く奥の階段を上って

最上階のバルコニーに出た。

 

 

早咲きの野ばらの白い花びらが柔らかい紙を散らしたように咲いている。

 

彌生さんの住まいは、築40年の古い3階建てのビルだった。

 

 

1階をアトリエに、2階と3階は住宅用に使用し、

最上階のルーフバルコニーでは四季折々の野菜や花が育てられていた。

 

 

親しい仲間内で「彌生ガーデン」と呼ばれる屋上のベランダは

ビルの隙間から見える空と、晴れた日に遠くの山脈も見ることができ、

街なかで非日常が味わえる特別な場所だ。

 

 

路上から彌生さんの家を見上げると、

屋上の緑の木々がぽっかりと空に浮かんでいるように見える。

 

 

どの季節にも小さな花が咲くこの庭は、

彌生さんというひとりの女性の遺伝子が埋め込まれた空中庭園だった。

 

 

 

夏に缶ビールを飲みながら茹でたての枝豆を食べて

隣町の花火を見て涼み、

植木鉢からもぎ取って頬張ったトマトの甘さが忘れられない。

 

 

わたしはバッグからカメラを取り出すと、

春の空にむかって背伸びをしている逆光の彌生さんと

白い野ばらが咲きこぼれる庭園を収めた。

 

 

 

「彌生さんは、花と人が同じように見えるんですか?」

 

檸檬の木に眩しい黄色い実が涙の形をして下がっている。

 

彌生さんは、椅子に腰掛けてハーブティーの用意をしながら答えた。

 

 

「ううん。見えないわ。

見えるってことはわかるってことでしょう?

私にはわからない。

 

亡くなった先生を想ってみても、20年近く知っているのに、

私は実はよくわからなかったなって考えるのよ。

本当の姿というものがつかめないの。

 

でもね、この前、山を歩いていて、

ふっと、雨に濡れて葉の重みに耐えていた黒椿を見たとき、

 

その瞬間、ああ、先生ってこんな人だったなんて思うことがあるのよ。

 

 

人っていうより、人生もそうよね。

満開の桜のような人生もあれば、

夕陽の残照のなかで咲いている小さな花のような人生もあるでしょう。

 

 

例えば、人を訪ねて、もしその人が不在でも

一輪の花が何よりもその人を語ってくれることがあるものだって想うの。

 

それは、その人の存在以上の時だってあるものよね」

 

 

 

彌生ガーデンで育ったミントの葉やレモンタイムを摘み取って

ガラスのティーポットに入れ熱いお湯を注ぐ。

 

 

葉の養分が蒸発しながら染み出して香り立つ。

 

つい今まで土で生きていたハーブの、植物に流れる時間までも

与えて貰っているようだ。

 

 

黄金色の液体をガラスのコップに移して飲むと若い命の香りが広がった。

 

不在であった時にその人以上に花が語ることについて、

想いを馳せてみた。

 

 

峠の師匠が亡くなった時、峠にはどんな花がいけてあったのだろう。

 

 

淡いピンクのオールドローズが芍薬のような立ち姿で

オリーブの木の向こうに揺れている。

 

 

「蓼科に引っ越そうと思うの」

 

自然保護の活動の一環で続けている彌生さんのワークショップが

ここ数年、蓼科にある別荘で行われていた。

 

 

参加した人たちと一緒に山道に入り、自然と語らい見つめ、

いける分だけを摘み取っていけばなにする。

 

夏と秋に行っていたワークショップを通じて

本来の日本古来のいけばなの在りを伝えてゆくことが

私の使命だと彌生さんは言った。

 

 

別荘の近くにあるレストランとペンションにも協力して貰え、

遠方からの参加者でも受け入れられるように体制が整ったのだ。

 

これは以前、写真集のための撮影を行いながら、

いつかやりたいねと、ふたりで夢のように語ったことだった。

 

 

わたしは、思わず声を出して喜んだ。

 

峠の家の手つづきが終わったら、念願だった自然との暮らしと

それを伝承する活動をするのだと

珍しく緊張したような表情をして彌生さんが話す。

 

「じゃあ、また撮り続けますね」

 

 

わたしは、空中庭園の最後の春の陽を忘れないように

彌生さんの未来の笑顔を想像してシャッターを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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