33. Jean-Paul Sartre 1946

 

photo @ Henri Cartier-Bresson

 

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戦場が終わり、冷戦が訪れた。

 

それまでのフォトジャーナリズムは

世界の紛争や貧困の記録へと移行していった。

 

 

 

この頃の写真はまだ、

イデオロギーや政治の問題が及ぼす影響から

逃れることができずにもがいていた。

 

 

 

 

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「The Family of Man」@Edward Steichen

 

 

 

1955年ニューヨークのMOMAで幕を開けた展覧会

「The Family of Man」が具現化した特定のイデオロギー視点を

 

批評家のアラン・セークラは

「写真による言説を普遍的なものにするための

大規模で仰々しい官僚的な試み」と評したとして話題になった。

 

 

「人類の理想的な家族アルバム」を模すかのように

配置されていた展示は、

反ソビエト的プロパカンダの一環ともいえ

 

アメリカのリベラルな観念と

家父長制度を礼賛するものであった。

 

 

 

 

 

この頃ロバート・フランクは全米各地を旅し、

のちに写真集「the Americans」を構成することとなる写真を撮っていた。

 

 

 

「The Family of Men」でアピールされたものとは

全くの対極にあるアメリカのイメージを現したこの写真集は、

 

アメリカではなく、まずフランスで出版されなければならなかった。

 

 

 

 

というのも、これらのストリートスナップは

明確には定義できないタイプのドキュメンタリーであり、

 

彼個人の大切な思い出を記録した作品だとも言えるからだった。

 

 

もしくは、政府が売り込もうとした

「自由の国ハッピーアメリカ」の裏を

あまりにも赤裸々に写しとってしまったのかもしれない。

 

 

だが、これより後に続く世代は、

「ドキュメンタリー写真」を

より個人的で、私的な写真表現として

自由に羽を広げることができたのだった。

 

 

 

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「New Documents」

 

 

 

 

一方、ダイアン・アーバス、ゲイリー・ウィノグランド、

リー・フリードランダーらの終結は、

MOMAでの「New Documents」展(1967年)で

新時代を担う写真家一群に脚光を浴びせた。

 

 

彼らの記録は、よりカジュアルな

「スナップショット・エステティック」として

新風を吹き込んだのだった。

 

 

「New Documents」展は、

それまでフォトジャーナリストが取り上げてきた

仰々しいしいテーマとは一線をひき

 

平凡で日常的なテーマに集約されていた。

 

 

 

こうして、アートドキュメンタリーの美学が更新されてゆくと

フォトジャーナリズムの本質はどんどん薄められ、

本質を失いかける状況になっていった。

 

 

 

やがて、テレビが急成長し

報道にビデオカメラが導入されるようになると、

 

それらのフォトジャーナリズムや新聞雑誌が果たしていた役目は

それらのメディアに移り変わっていった。

 

 

1970年代になり、

静止画像を独占的に提供してきた写真は、

高画質で低価格、イージーに持ち運びやすくなった

ビデオ機器が一気に普及し

 

世界中の一般人がパーソナルなフレームとして使うようになると

それまでの地位はジリジリと低下していった。

 

 

 

 

9・11ワールドトレードセンター(WTC)の崩壊に

21世紀の幕が開けた。

 

 

 

この惨劇は、のちに続く社会的・政治的変化を象徴するだけではなく、

 

報道を通じて新たなフォトジャーナリズムが

これまでにない役割を揺るぎないものにした。

 

 

9・11について、人の心に刻まれたイメージの多くは

プロのフォトジャーナリズムではなく

 

「テロを目のあたりにした市民が撮影したもの」であることは

忘れがたい事実だ。

 
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ストーリーは誰か作り上げたものではなく、

誰が何をとったのかを問われない、

その場にいた人々の共鳴からなる共同作品であった。

 

 

人々の分身のような存在のカメラ付携帯電話は

プロの写真家やジャーナリストと

一般人との境界をなくした。

 

むしろ、一般の人々のほうが、より鋭い切り口で

リアルな出来事をとらえるチャンスに恵まれるのだろう。

 

 

「出来事」に対峙するとき。

 

写真データに限らず、動画もふくめたこれらのイメージは、

ボケていようがブレブレであろうが、

起こったことを描画し

証拠となりさえすればそれでよかった。

 

 

早く、軽く、ノーボーダー。

 

世界の重大事件は、ソーシャルメディアが

どれほど大きなインパクトをもち得るかを知らしめた。

 

そうしてフォトジャーナリズムは

この新しい状況への

対応策が求められるようになった。

 

 

 

その一方で、ニューヨーク市立博物館は

WTC跡地の公式記録の制作をプロ集団に依頼したことは

9・11以降のヴィジュアルの行方を示唆している。

 

 

つまり、

ドキュメンタリー写真は《出来事》から

すでに起きたことの爪痕の《記録》として

フォーカスされるようになったのだ。

 

 

 

 

010915-N-3995K-015 New York, N.Y. (Sept. 15, 2001) -- A New York City fireman calls for 10 more rescue workers to make their way into the rubble of the World Trade Center. U.S. Navy Photo by Journalist 1st Class Preston Keres. (RELEASED)

 

 

 

 

こうして写真は、

急速に発展するヴィジュアルカルチャーの中で、

歴史の記録係になりながら

 

人々の眼となり、

新たな居場所を生み出したのだった。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

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