On that afternoon.
日々の泡, 随想

On that afternoon.

 

 

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去年の夏、マンハッタンに住む友人が一時帰国していて

お昼ごをよく作っていてくれた。

 

 

彼は尊敬するフォトグラファーのもとでアシスタントをした後、

アジアの写真作家として多くのスポンサーに認められ

アメリカで仕事をしていた。

 

 

 

その彼が、帰国の間、わたしの近所で

ウィークリーマンションを借りることになった。

 

 

友人は、久しぶりに帰って来た母国の美味しいお店に

連日嬉々として巡り、

食べきれないほど買い込んだ焼きたてパンや

パスタやお肉やオーガニック野菜を抱えて

わたしの部屋へ遊びにくるようになった。

 

 

 

2匹の猫たちもよく懐いていた。

 

 

彼の特技は、空気のように自分を消すことだった。

 

 

わたしがデスクから離れずに一日中仕事をしていても

キッチンで手際よく料理を作ってテーブルに並べ、

自分の分を食べた後、

コーヒーを飲んで静かに帰ってゆく、という

やろうと思っても、ほとんどの人が難しいと思われる

透明人間に徹することができた。

 

おかげでわたしは、仕事中でもまったく気にならないばかりか、

午後になると美味しいランチが出来上がっていて

はたから見ると

なんでもない日に、なんでもないお昼ご飯を作りに通う

デキのいい恋人がいるような気分だった。

 

 

 

さらに都合のいいことに、彼はストレートなゲイだった。

 

 

だから、スッピンでもパジャマのような格好をしていても

いつ部屋に来てもわたしは平気でいられ、

 

他人が同じ空間にいる、ということにも

ストレスを感じることはなかった。

 

 

幸せな食生活と、一時帰国の透明な友人との

意味のない美味しいランチタイム。

 

ベランダ越しのよく通る風をうけながら

グラスワインをテーブルに添え

マンハッタンでの生活のことや日本の写真の話をして

束の間の息抜きをしたものだった。

 

 

 

普段、写真の話や現代アートをテーマに

話し込むことなどなかったので

本当に楽しかったのを覚えている。

 

なにを話したのかなんて忘れてしまったのだけれど

頭が覚め、そして心地よく、

身体がほぐれてゆくのがわかった。

 

 

彼の話は哲学的で、素直で、

リズムある音楽が流れているように言葉が溢れていた。

 

 

 

 

 

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ある日、その友人がペンネを作ってくれたことがあった。

 

 

午後を2時間過ぎても一向に手が空かないわたしに

そっと作業用デスクまで持ってきてくれた一皿。

 

 

資料で山積みのわたしのデスクに現れた

一見何の変哲もないトマトソースだった。

 

忙しさのあまり、ありがとうとだけ言って

デスクの上で無造作に口に含んだ途端、

モッチリトとした弾力のパスタが

ピリ辛の輪郭を持ってわたしの味覚を刺激した。

 

 

その時、凄みのような存在をパスタソースに感じた。

 

 

10代でアメリカに渡り、

ひとりでなんでもやってきた彼の

経験の密度が詰まっているような

 

美味しいだけではない、複雑な深い味わいの

真っ赤なトマトソースだった。

 

 

 

あの日、わたしは1分も手が離せない用事を抱えていて

食べながら作業をしていたのだが

考えてみると、仕事中の、髪を振り乱すような勢いの自分を

他人に見せるのは後にも先にもあれが初めてだった。

 

 

 

 

 

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プラダの黒いシャツを制服みたいに来こなしていた彼は

そんなわたしをなんでもないような顔をして

週に何回か、ランチを作り、

一緒か、またはバラバラで食べ、

デザートにワインを飲むと

音も立てずにひらりとドアを出て行った。

 

 

 

アメリカ帰りの透明人間は

お料理が上手くて、余計なことは言わず、

素早く帰るというルールでもあるのだろうかと思った。

 

 

 

 

ある日、いつものように作業をしていると

「卵なしだよ」と言って彼が部屋に来た。

 

 

わたしは、スレンダーなシルエットがデスクの横を通り抜け

キッチンへ吸い込まれるように入り

素早く冷蔵庫を開けて食材を整え

流しで手を洗う音を、心地よく思った。

 

 

なにもかも、自然だった。

 

わたしはいつもありがとう、と言い

作業のつづきをした。

 

 

そして、

「もしかして今日は冷やし中華?」と聞いた。

 

 

彼は嬉しそうに振り向きながら

甘酸っぱい香りのするたれが入ったボウルに

レモンの果汁をきゅっと絞って「あたり」と言った。

 

 

午後12時20分。

いつもの時間のテーブル。

 

 

大盛りの千切りレタス、もやしのナムル

細切りきゅうりとハム

豚の生姜焼き、わかめ、コーン、トマト

 

卵はなし。

 

 

昨日までの雨は静かに去って、

クリアな青空が眩しい。

 

 

 

ハムを狙っている猫がわたしを見て「ナー」と泣いた。

 

 

冷やし中華のタレは甘すぎず酸っぱすぎず、

お醤油ベースに練りゴマと柑橘類の香りがして

わたしの好みにドンピシャだった。

 

 

 

わたしは、彼の作る、そんな普通のお昼ご飯が大好きだった。

 

麺はどこで買ったのだろうか、
アメリカへ帰ってしまう前に聞けばよかった。

 

滑らかで透明感があって

独特の弾力とコシがあり、懐かしさを感じる太い麺だった。

 

 

それにしても、なぜ、わたしが

卵なしの冷やし中華が好きなことを知っていたのだろうか。

 

 

 

 

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Tシャツでも暑く感じる日、

 

鮮明な記憶を頼りながら卵なしの冷やし中華を作った。

 

ひとくち食べて、あの頃の味とはずいぶん違っているという

当たり前のことがショックだった。

 

 

透明人間なら、目の前に出てきてくれてもいいのに。

 

 

 

あの頃、なんどかランチを一緒に食べながら

ワインで芸術論をする華奢なルックスの彼を見ていて

アメリカというジャングルを

どうやって生き延びてきたのか不思議だった。

 

 

同時に、わたしは心の底で、

突然帰国して、ひとのために手料理をふるまう余裕のある

彼の自由奔放なライフスタイルを羨んでいた。

 

 

細身の黒いシャツの胸元で組んだ

白い指先が上品できれいだったことも

 

真昼の光をうけて輪郭がきわだつ美しい横顔も

いつも妬ましく感じていた。

 

 

 

羽を広げるだけで特別な存在感を溢れさせることができる

孔雀みたいだ、と思った。

 

 

 

サバイバルに勝った者だけが

その優雅な羽を持つことができるのであれば納得がいくのに、

 

その才能は生まれつき持っている美しい発色の羽。

 

 

わたしには、ない。

 

 

 

甘酸っぱいタレと、瑞々しいレタスの千切りを

少し焦げたしょうが焼きに絡め、太い麺と一緒に頬張る。

 

 

 

食べながら、彼と、アメリカと、透明人間と孔雀について

思いを巡らせてみるのだけれど上手くいかなかった。

 

 

午後12時56分。

 

彼と話したカントの「判断力批判」の一文を思い出して

ワインをもう一杯注いだ。

 

 

 

− 自然はそれが技術に見えるとき美しい。

そして技術はそれが自然に見えるとき美しい −

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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