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フランスが誇るルーブル美術館は
夜になるといっそう趣きが現れる。

 

空が暗くなった中庭に浮かび上がる
黄金のガラスのピラミッドが

世知辛い日常から断絶されたような錯覚を
あたえてくれるからだろう。

 

真昼の灰色の空を吸い込んだガラスが
多面的に輝く夜、

わたしの眼が覚醒する瞬間が訪れる。

 

「これが見たかった」

 

同時に、目の前のゴールドに輝く建造物が
果たして芸術のジャンルとして認められるのか?

 

という問題を抱えている事実がわたしの胸を過る。

 

かつて建築はアートの頂点であった、
という意味を
アーティストであるならば誰もが知っている。

 

 

アートの原点。

 

最初に、人間の頂点である王のため
一番神に近い存在がいる場所として
神殿が創られた。

 

その広間に飾るための絵画が生まれ

晩餐の宴に耳を傾ける音楽も生まれた。

 

 

美しく舞う舞踏や、
その空間に語りかける彫刻も

すべては神殿が創られたことにより
生まれたアートであった。

 

この文脈から、わたしたちは
アートのはじまりが建築であったことを

違和感なく受けいれ、
そして誇りに思うのだ。

 

 

けれど、現代の都市へ旅をし、
街並みを歩くとき、

建築をアートだと気づくひとは
どれだけいるだろうか。

 

古代の神殿を、王を、
そこから生まれた芸術を。

 

たしかに、現代はアートとは呼べない複雑さが
根底に流れていることは否めない。

 

わたしたちを取り巻く経済のしがらみ、
ビジネスとしての建築、
それらの資本主義システムの
恩恵にあずかった建築家たちが、

 

声高に、建築は芸術だと吠えたとしても
正論として通りづらいのかとも思う。

 

 

 

そうだとすれば、

わたしがいましているアート活動とはなんだろう。

 

アートを成り立たせることが困難な現代で
自分が目指す表現がなんであれ

それを全うしなければならないのが
必然なのだと思わずにいられない。

 

神殿で生まれた音楽や彫刻、絵画のように、

ひとを感動させこころを揺さぶり、

ある時は、厳しい批判、恐怖、
怒りさえも生まれてしまう
絶対的ななにか。

 

 

 

社会経済やさまざまなしがらみを乗り越えて
異端であることを恐れず
狂ったように映るとしても

 

それをやり続けることでしか
未来につなげることはできないのだ。

 

ルーヴル宮殿の前に君臨する
恐ろしく近未来的なガラスのピラミッド。

 

 

計画当初、
ここへ訪れる世界中のひとびとから
相応しくないのではないかと考えられていたらしい。

 

 

中世と未来の建造物が融合された神殿。

 

いま、のわたしたちではなく
別次元へ捧げられた
空恐ろしい未知が
ひとの意識を動かせているのだろう。

 

 

ここに立つ時、

現代ではなく、
未来のわたしたちへ捧げていることを
忘れてはならないのだ。

 

 

 

世界中から集まった集合無意識が
ガラスのピラミッドを何億色にでも
輝やかせているのだろうと信じながら

神殿の宴を覗いている。

 

 

 

 

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