Bron in the bathroom.   – 放恣逸楽-
portrait, 神話

Bron in the bathroom. – 放恣逸楽-

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Model :  心月 Mitsuki

 

 

 

 

 

放恣逸楽    (ほうしいつらく)

 

 

 

たとえば、微睡みと肌と同化した温度の水。

 

溶けてなくなりそうな瞬きに

境界線を引くことで

わたしたちは対の構造を意識できる。

 

 

揺らぎと静止、熱と冷

他者と自己、余白と密

 

幾重にも境界によって分節されていけば

固有性がより強く認識される。

 

 

一方、アート表現の価値観は狭く、

固定化していく。

 

その矛盾を

ほとんど意識することなく鑑賞してきた結果か

 

近年は、わかりやすい答えを出すことだけに躍起になり

 

正と負、美と美ではないものといったラインに

明確な境界線が次々とひかれ

 

視るというより

視させられている傾向が

強くなっているように感じてならない。

 

 

 

しかし水がその姿を変えても

固有性を失わないように

 

そもそも境界自体は曖昧であり

恣意的であるはず。

 

 

初めに境界ありきではなく

 

またその境界を確固たるものと認識するのでもなく

 

固有性を保つための

穏やかなフレームとして捉えていけば

 

世界はもっと悦びに充ちたものになるのではないか。

 

写真というイメージ昇華への装置は

 

個々を自由に変化させることで

多様な価値とその意味の重要さを気づかせてくれる。

まさに愉楽の時間。

 

心地よく感じるためには

その未来を思考するプロセスを常に含みながら

 

感情的、生理的な解放も

取り入れてゆくことも忘れてはならない。

 

 

それは、時として

放恣的すぎると

受けとられてしまうかもしれない。

 

 

けれど、わたしは

現代におけるユートピアの在り方として

 

むしろ積極的に生理的な反応を見せることで

ボーダレスの世界が明けると思うのだ。

 

 

あるものに余白を与え

ないものから別のあるものを想起してゆく。

 

おぼろげで刹那な美意識が

ゆらゆらと流れたさきに

本当に視たいものがあるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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