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作品集を製作したことがあった。

新潟の和紙と伊勢の和紙を使い、

宮城県の印刷所で製本を依頼していた。

 

 

その矢先、東日本大震災があった。

和紙工場は津波に流され、

再起不能となってしまった。

 

 

残念ながらわたしの作品集は現実にはならず

あの時の写真たちが空中分解して闇に散ってしまったような

深い疾走感だけが残った。

 

 

悔しさや悲しさはなかった。

 

ただただ、唖然としたまま

テレビの映像をひとり眺めて過ごした。

心に大きく開いた穴を

どうやって埋めればいいのかわからなかったのだ。

 

やり場のない寂寥感は日に日に肥大化し

わたしは、カメラを手に取ることさえできなくなっていた。

 

 

あのとき、製作するはずだった作品集のダミー本が

デスクの引き出しの中に眠っている。

テスト用に創られた、完成前の紙の綴り。

わたしは、ようやく最近、

この紙に触れることができるようになった。

 

 

当時、担当者はAさんという

60代の物腰が柔らかい、印刷一筋の職人さんだった。

手漉き和紙を世界に広めようと

ニューヨークやベルリンの紙工場へ

単独で訪れるような冒険心の強い方だった。

 

 

彼がこだわり続けてきた手漉き和紙に関連することは

印刷の工程でも一切妥協しないところが素晴らしかった。

 

 

独特の東北のイントネーションは

そんな粘りのある彼の気性によくあっていて

わたしはメールではなく、

よく電話で打ち合わせをしたものだった。

 

 

Aさんの、半分日本語がわからないような言葉も

不思議と心が和んだ。

 

 

Aさんの仕事はゆっくりだが、

余裕がある美しい作業の連続だった。

 

 

まるでスポーツ選手が競技の直前まで全身を緩め、

しなやかな筋肉の隅々まで神経を高揚し

世界と自分との境界線をなくしてゆく時の

最高潮の集中力を連想させた。

 

 

わたしは、Aさん以外の職人はいないと思った。

以前、京都の印刷所に依頼したことがあったが、

職人気質の方のこだわりは

いわゆる斬新なセンスとはいえず

 

ときどき見当違いなデザインをよこしたり

間違ってもカッコいいとは思えない表紙デザインを

ダンボール3個分送ってきたりして

その自分勝手さに随分と悩まされたものだった。

 

 

何かとこだわるのはありがたいが、

その分、わたしの負担がかかり

経済的に難しいと提案しても

どうしても聞いてもらえなかった。

 

理由なく惹かれてしまうような

優れたデザイン製本であれば別だけれど

そんな感動はいつになってもやってこなかった。

 

 

結局、多額の交通費と宿泊費、

打ち合わせの時間だけを消耗し、

作品集として形になることはなかった。

 

 

 

Aさんのいる印刷所は、宮城の田舎の小さな工場だった。

 

社長と数人の社員で営んでいる

真面目だけが取り柄のような古い作業所だ。

 

 

デザイン担当は特におらず、

印刷職人がそれぞれの担当をして

製本までまかなっていた。

 

 

京都の職人の時のように

センスが古いフォントや

感動しない表紙デザインをよこしてくることもなく

 

毎回、驚くようなクオリティの「ダミー本」を送ってくださった。

 

赤い修正ペンでAさんが丁寧に直しを入れ

わたしはその度に写真を組み直し差替え

 

何日も徹夜をし、写真を仕上げては納得いかず

夜中に電話をかけ再び一からやり直す、

そんな日々がづづいていた。

 

 

わたしは日を追うごとに集中力が切れ

右手はとっくに腱鞘炎が痛んで麻痺していた。

 

 

それでも、わたしは、

いつも充足した気持ちでいられた。

 

 

人は眠らないとおかしくなるのだな

と実感する反面、

寝なくても創作はできるのだと体験したのもその時だった。

 

出歩く時間ももったいなく感じたわたしは

窓の外がすっかり暗くなると

夜光虫のようにコンビニへ行き

 

薄切りの食パンとハム、

スライスチーズを大量に買って

マヨネーズと粒マスタードをのばした薄切りパンに材料をのせ、

切らずにぎゅっと丸めてサンドイッチにして左手でつかみ

右手で作業しながら頬張っていた。

 

 

キッチンに立つ時間も食べる手間も

面倒に感じるほど、創作に夢中になったのは

学生の頃以来だった。

 

「さっがけばりしてっと、おしょすいのよ。」

 

受話器の向こうから聞こえるAさんの

解読不可能な言葉が蘇る。

 

 

「さっかげ」とは、「その場しのぎ」

「やっつけ仕事」をすることの意味だそうだ。

 

「おしょすい」とは、「そんな仕事は恥だ」という

手仕事の雑さたしなめる言葉なのだと教えてもらった。

 

 

Aさんの揺るぎない職人魂のおかげで

薄切りパンを齧るわたしは

孤独で地味な日々を乗り越えられていた。

 

 

 

 

3月11日。

 

 

すべてが流れさてしまった。

 

 

Aさんは作業中、津波の被害に遭い

裏山に逃げて避難したが

翌日救助された時には心臓が止まっていた。
手漉き和紙の工場も

最高級の和紙に印刷した写真も

 

なんども直した原稿も

ドイツから取り寄せた製本型も

Aさんの丁寧に入れた赤い修正ペンの跡も

全て一瞬でなくなってしまった。

 

 

あの時、わたしの中で確実に何かが壊れた。

 

 

それは、物に限らず、

時間や人間関係や

 

理想に向かって努力するエネルギーや

何かを積み重ねて作り上げることの意義が

果てしなく無意味なことのように思えてしまうのだった。

 

 

手塩をかけて育てた作物が

収穫の一歩手前で、強烈な台風によって

目の前で根こそぎ失ってしまうみたいに

時間をかけて何かを育て創ることが怖くてたまらない。

 

ほの暗い海風に和紙がさらわれ

空中を舞い上がるのをただ眺めている、

 

という夢を今でもみる。

 

音のない暗闇にうずくまり

ちぎれた白い紙が海へ流されてゆくのを見ているだけで、

わたしはそこから一歩も動けずに立ちすくんでいるのだ。

 

 

今年になって、ようやく落ち着いた気持ちで

Aさんが送ってくださったダミー本を開くことができた。

 

それまでずっと鍵がかかる引き出しの奥で

静かに横たわっていた彼の本に

「ごめんね。これからもよろしくね」

 

と語りかけた。

 

少しだけ黄身のかかった手漉き和紙と

なんども修正ペンを入れた赤い印や数字の羅列。

 

 

漆黒の表表紙と、

深い朱赤の裏表紙で作られたAさんのダミー本は

彼の魂が宿りながら時間が止まっている。

 

 

 

果てのない終わりがここにある。

 

 

人に与えられた平等の時間というものに

優越などないけれど、

 

わたしの目の前にある

職人の手が残した紙の塊には

上質な時間の際立ちを感じずにはいられない。

 

最後までその場しのぎの仕事ことは

絶対にしなかったAさんのためにも

わたしは、もう一度

果てのない終わりを見てみようと思う。

 

 

「おしょすいよ」(そんな仕事は恥だ)と

 

天国から怒られないように

サンドイッチを左手につかみ

遠い北の空を仰いでみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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