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雪山のロケを失敗した。

 

 

真っ白な雪景色をバックに

ミュージシャンのイメージ撮影だったのだが、

 

途中で吹雪きが強くなり

いったん撮影を中断してロケバスで待機していたら、

車の後方部に積んであった機材が半分凍結してしまったのだ。

 

カメラはニコンD800EとFujifilm XT1、

レンズは全部で6本。

 

中判フィルムはGF650。絞りF4。

 

コダックのブローニーフィルムを装填したまま

カチコチに固まってしまった。

 

 

わずか数枚しか撮っていない雪山での撮影。

 

ミュージシャンの雰囲気作りも

イメージ画の絵コンテも自信があっただけに

 

動かなくなったフィルムカメラを確認したときには

わたしの心臓が止まりかけていた。

 

 

 

内部には、かなり手ごたえのあった10枚が残っていた。

 

10枚。

 

充分な枚数だった。

 

この中にジャケットとイメージショットになるような

作品レベルが埋め込まれている。

 

 

一度凍結した機材はそのままでは危なくて使えない。

 

目の前にのカメラに先ほどこの手で撮った

光り輝くような瞬間が凍っているかと思うと

悲しいのと同時に恐怖が忍び寄ってきた。

 

頭が真っ白になり、青ざめてゆくのがわかる。

 

スタッフに声をかけられてて現場を撤収したが、

その後、1週間くらい寝込み

夜中に吹雪の中ひとり彷徨っている夢を見ては

飛び起きてガタガタと震えた。

 

 

雪山に2日待機して撮影結果を出そうとしていたはずが

すべてオジャンになるという深い喪失感だった。

 

情けなさの海の中で溺れてしまいそうな心境で数日を過ごした。

 

 

悲しみなどいう感情をはるかに超え、

体内の臓器を鷲掴みにされたような痛みが数週間残り、

その後もすっきりしない気分だ。

 

 

悪いのはだれでもなくわたし、だということから

逃れないないのが辛かった。

 

その後、新譜発表のミュージシャンの撮影は

東京のオフィスへ渡った。

 

わたしはリストから外されていた。

 

 

 

 

 

この仕事について何年も経つが

未だにこんな痛みを伴う大失敗をする。

 

毎回が指示のあるルーティン作業ではなく、

その場に起こるイレギュラーの連続がほとんどのため

一瞬のチェックを怠ると

大きなミスに転がり命取りになる

 

それを十分に知っているにも関わらずだ。

 

 

特に風景を入れ込んだ人物写真は

構成がしっかりしているからこそ

完成度が上がるのに対し、

 

無意識下でそれから逃れようとして

普段はしないようなミスをしてしまうことがある。

 

まるで天から降ってきたような魔のさし方だ。

 

通り魔的事件の犯罪者になったような自分の行動に

抱えている重圧を予期しているようで怖くなる。

 

 

これまでもどうしようもない失敗を経験してきた。

 

スタジオでアシスタントをしていた頃、

別の暗室にヘルプで呼ばれ

作業場をよく確認しないままフィルム現像をはじめたことがあった。

 

 

いつものクセで、わたしは目をつぶったまま

フィルムを現像リールに巻きつけた。

 

真っ暗な場所でフィルムを巻きつけるこの作業は

目を閉じてでもできるように

手の感触だけで巻き込んでゆくものだ。

 

わたしは当時、このリール作業を上手くなりたいがために

目を閉じて練習をするのが常だった。

いつもの癖でそうしてしまった。

 

途中、ヘルプ先の現像室で途中で目を開けたら、

部屋を真っ暗にしたはずなのに

手元のリールがはっきり見えた。

 

入り口の電灯がこうこうとオレンジ色に灯っていたのだ。

 

 

思わず叫び声を出して慌てて電気を消し

持っていたフィルムをスカートの中にも隠したが

 

もちろん、間に合うわけがなく

仕事で使う大事なフィルムを何本もダメにしてしまった。

 

 

一度、感光してしまうとフィルムは元には戻らない。

 

誰の、どこに使うポジなのかもわからない

ダメにしてしまったフィルムの山の中で

わたしは独り、天を仰いで叫びながら泣いた。

 

世界中で撮られた貴重な一枚があったかもしれない。

もし、自分だったらどんな悔しい思いをするだろう。

 

誰かの集中力と気力とその瞬間の自己の投影が封じこめられた

宝物のようなフィルムたち。

 

 

 

翌日、一睡もせずに、土下座を覚悟で

撮影者とその写真が載るはずの編集社へお詫びをしにいった。

 

逢った途端、「なんだ女か」と言われた。

 

 

−−−ナンダ、オンナか。

 

 

 

暴力的な言葉に聞こえた。

 

 

普段ならどれだけでも言い返すのだが

頭を下げるために訪問しているのでどうしようもなかった。

 

 

出口のない怒りを全身に閉じ込めて

わたしの身体は小刻みに震え、

頭に昇った血液がふつふつと沸騰してゆくのがわかった。

 

屈辱と怒りにかろうじて堪えることができたのは

 

その時のわたしは、写真家としての自覚が

できあがってきた頃だったのだろうと思うのだ。

 

 

独自で道を切り開いているような錯覚と

大いなる勘違いをもってこの世界に入ったものの

 

自分の無能感に打ちのめされ

なんども恐怖で震え、

 

挑戦という名の、血の気が引くような

張り詰める緊張のなかで

耐え抜く人だけが生き残れると熟知していたからだ。

 

 

 

《ナンダ、オンナか。》

 

この時に、はっきり決めたことがあった。

 

 

自分に負荷をかけ続けた者だけが

表現者としての痺れるような官能を味わうことができるのであれば、

 

その域へ行くしかない。

 

 

 

だから、わたしは

負荷をかけ続けることを選ぶ狂的なひとになろうと。

 

 

 

たとえこの先のどこかに失敗の可能性が潜んでいても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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