白黒サディスティック  Vol.01
写真論, 抽象風景, 白黒写実

白黒サディスティック Vol.01

 

 

 

 

写真にご興味をお持ちいただける方の多くが

モノクロ写真がお好きだときく。

 

 

そして、どうやったら印象的なモノクロームが撮れるか?

 

またはモノクロ写真に変換するにはどんなことをすべきか?

そんなご質問もいただく。

 

 

そこで、3回に分けてこれまでいただいたお話をまとめて

「モノクロームのおはなし」として綴ることにした。

 

ご興味があれば、ぜひ、

写真家の秘密の論議をお楽しみいただければと思う。

 

 

ここでお話するのは、デジタル撮影に限らせていただく。

 

というのも、フィルム撮影でのモノクロのあり方とは

初見者からすると、かなり違いがあるので

混乱を避けるためという理由だ。

 

(フィルムについて語っていると、

きっと本が10冊くらい書けてしまのでここではやめておく。)

 

 

まず、デジタル画像の「モノクロ」と「カラー」とはなんだろうか?

 

今さらながら、このシンプルな話をして

ザックリおさらいにしようかと思う。

 

そうしながら、本来のモノクロ写真の特性を身につけていってほしい。
 

わたしたちが理解している「モノクロ」とは、

白と黒を基本とする画像のこと。

 

その「黒」は光をまったく反射させない状態、

同時に情報がない状態のことをさす。

 

「白」は光を100%反射させ

そのせいで情報が飽和してしまった状態のこと。

 

 

これらの色の濃淡のことを「階調」(トーン)といい、

黒と白だけの場合は「2階調」というように基準化している。

 

 

tone2

 

 

 

さらに、この黒と白の間に「濃いグレー」と

「薄いグレー」を加えてみるとどうだろうか。

 

 

黒、濃いグレー、薄いグレー、白の4階調。

 

つまり、2階調の2倍(2の2乗)の階調を持つことなる。

 

 

 

maquicokitagawa002

 

 

 

 

トーンをもっと加えると下のようなグラデーションに近くなってくる。

 

すぐ上のイラストの4階調を2倍(2の3乗)にすれば8階調に、

 

さらに8階調の2倍(2の4乗)の16階調、

32階調(2の5乗)、64階調(2の6乗)、

 

128階調(2の7乗)、256階調(2の8乗)と

 

どんどん階調を細分してゆく。

 

 

 

maquicokitagawa003

 

 

 

 

ここで限界がくることを知っておいてほしい。

 

 

実は、黒と白を「512階調」まで細分化しても

人間の目は「256階調」と区別をつけられないのだ。

 

 

 

このようにして、デジタル画像では「256階調」でデータが作られている。

 

 

それ以上可能であるけれど、

認識できないとして切り捨てられていると考えておくといいかもしれない。

 

 

 

この「色調グラデーションの限界」がデジタルとアナログの

大きな差であることを覚えておくと、

 

奥深いモノクロームを見極める審美眼にも開きが出てくるのだ。

 

 

 

 

 

DSC_4790-15p

 

 

 

 

一方カラー画像はご存知の通り

R(Red)、G(Green)、B(Blue)の 3色を掛け合わせて作られている。

 

R、G、Bそれぞれにモノクロと同じように256の階調、

言い換えると「256の色」で構成されている。

 

そして、これらを組み合わせると

「256×256×256=1,677万色」

 

つまりは、これですべての色を表現することになる。

 

 

 

maquicokitagawa004

 

 

 

 

モノクロでは「256の要素」しか使えないのに対し、

カラーでは「1,677万要素」を使うことができるのだ。

 

 

このことから、モノクロはカラーに比べて

「大幅に再現域が狭い」表現方法だということ。

 

 

ここで考えてほしいのは、「狭い領域」という限定性において

 

最も美しいシンプルな2色の階調がモノクローム表現だという定義。

 
 
誤魔化しのない単色であるモノクロ写真は、

「白から黒までの階調を美しくつないだ写真」

と考えると非常に高度な美学だとも言えるのだ。

 
 
ご説明したように、モノクロ表現は「256の要素」しか使えない。

 

それゆえに「256の階調」をきっちり使わないと、

情報量が著しく減ってしまうのだ。

 

 

だから、表現域が広いカラーで「なんとなく」が許され

「とりあえず撮って」もそれなりに見たままに写ることが多い。

 

 

それに対し、モノクロでは許されないというよりも

「ありえない」世界なのだ。

 

 

わかりやすく言うと、カラー作品として撮影した写真の色情報を削除して

それをそのまま「モノクロ256階調」に変換しても、

 

それはモノクロ写真としては成立しない、ということ。

 

 

スマートフォンなどでスナップをしたあと、

そのカラー情報をアプリケーションを使用してモノクロっぽく変換しても、

納得のいく絵にならないのはそのためだ。

 

 

 

 

 

 

 

モノクロ写真というのは、わたしたち人間の眼で見たものとは

まったく異なる世界を表現している、ということに考えを到達したい。

 

長くなりそうなのでつづきはまた次回にでも・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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