NIKON D850 ZEISS Milvus 50mm

Model 心月 MITSUKI 

 

 

写真を長くやっていると、ふと自分を見失うことがある。

 

その時、リフレクションするのはこんな思考だ。

 

記録することが珍しかった時代の写真家のように

時間を作品にして残す人であれば、

それが場所を超えて誰かに伝えることができる

けれど、そのような表現手段へ関わらない人はどうなるのだろう・・・

 

 

あるとき

「感化」というキーワードが浮かんだ。

 

誰でも、息づいていた周囲の空間に痕跡を残す。

 

子供の頃、父の書斎を訪ねた時に感じた

父という人格に包まれるような想い。

 

初めて訪れた友人の部屋の机、

レコードプレイヤーの棚の1センチの傾き

 

母が立つキッチンの床、

万年筆のシミがついた分厚い本の向き

 

体重のくぼみを残したあの人の体温が残る椅子。

 

場所には、その人らしさが宿り、にじみ出ている。

 

匂い。

空気。

配置。

角度。

羅列。

量。

温度。

傷。

色。

 

 

野良猫がふざけて転げた後の草むら。

朝顔の葉の裏に残る虫食い。

貝が開いたときにあらわれた蟹の小さな抜け殻。

 

生きものは、生きていた空間に

感化を与えずにはいられないのだろうと想う。

 

生きていた時間に発していた強い生命力は

その後も他の誰かの中で響き続けるように

生きて息をしている活動自体が

周りに及ぼす波紋のようなものなのかもしれない。

 

波紋は広がり続け、魂で反響する。

 

そういうものが

写っていて欲しい。

 

存在の理由などいらなくて

ただただ、そこに在る温度を想う。

 

 

死んだくらいではなくならない

生きることの前提のような

小さなエネルギー体を。

 

 

 

 

 

作品集のお知らせ

 

 

“NIKON D850 portrait ZEISS Milvus #6” への1件のコメント

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