創作の蜜と毒
写真論, portrait, 白黒写実

創作の蜜と毒

 

nexo07

 

 

 

 

セレクトする力の大切さについて。

前回は「まなざしのシフト」についてお伝えした。

 

 

噛み砕いて言えば、こうやって苦労したとか、時間や体力を消耗したとか

経済的に厳しかったとか、作家個人の感情論はすべて払いのけ、

 

その上で良い写真を見落とすことなく

冷静な審美眼を持つこと、といったところだろうか。

 

 

創作者は、作ることに夢中になるだけではなく、

優秀な編集者でもあることを自覚してゆこう。

 

 

さて、そうして厳しい基準でセレクトされた写真たち。

その後は展示をするにせよ写真集にせよ必ず行う作業が編集だ。

 

コンセプトにそわせながら、構成や並び順など

再構築をどどのようにするかということ。

 

まず写真について考えてみると、大きく2つの方法が考えられる。

 

それは、全て自分で編集するか、

編集者やデザイナーなど専門家に任せる、かだ。

 

 

どちらにしても作家自身の考え方にもよるので

絶対基準というものではないが、

 

より高度なものや展示規模の拡大、

販売部数の増加、売上の見込み、

自分の能力の限界を超えたいと考えるのであれば、

それぞれのエキスパートへ相談する方が望ましいことが多いだろう。

 

 

 

 

プリント作品とは違った「写真集」という作品

 

 

 

ある写真家は、写真集の出版を目指して日々試行錯誤を繰り返していた。

 

わたしが知る限り、彼は何度も自家製本した写真集を作り直し、

ようやく出来上がった1冊を東京の出版社へ送って売り込みをした。

 

出版が決まってからはデザイナーをつけて手直しをしてもらいながら

最終的な完成品が出来上がったが

1冊の流れはオリジナルの試作版とほぼ同じだったと思う。

 

彼の作風は毎回違っていて、それが斬新で楽しみでもある。

 

新作を出すたびに編集作業で意識していることとは、

完成して世に旅立つまでの“1冊の流れ”だと言っていた。

 

例えば、たおやかな自然風景をまとめた写真集を出版したとき、

彼は、ずっと波が流れているような、

始まりも終わりもあるようでないという

起承転結がない世界観を意識したそうだ。

 

確かにページをめくるとエンドレスな感覚が生まれる。

それは、日々淡々と撮りため、編集していった

彼の作品制作の毎日を反映した1冊になっている。

 

 

一方、まったく違うアプローチで綴られた

静物と人物が中心の幻想的な作品集では、

編集のすべてを専門の人に任せるというやり方をしていた。

 

その場合、彼は候補となる写真をセレクトした後、

それらを編集者へ渡し、写真を見せる順番や

レイアウトなど全面的に任せてしまう。

 

その際、作家は編集にはほとんど口を出さなかったそうだ。

 

信頼できるキュレーターやデザイナーたちに一任してしまうことで、

彼はその間も新しい創作をしたり、

旅へ出て構想を練ったりと、精神的に自由でいられた。

 

だから、自分の手を離れたと言うもどかしい気持ちには

ならなかったと当時を振り返って話してくれる。

 

そして彼は作品を自分から解放することで、託す楽しみを覚えたという。

 

手放した時間、彼が待っていたのは

編集された作品たちにどんな新しい息が吹き込まれ、

再び生まれたものから何が発見できるのかということだった。

 

 

この場合、作家自身は、作品を自分でコントロールしない、と、

編集スタンスを決めてしまう。

 

これが意味することは、

人に委ねることによってそこは新たな理解が加わり

再構築された未知な価値が生まれることになる。

 

 

このようなスタイルを選択した場合、作品を撮影している最中から

写真集の編集は手放すと決めている写真家も多い。

 

その分、撮影に集中し研ぎ澄ました感性をキープするのには

合理的なアプローチだという人もいる。

 

それは作家の解釈の仕方だけでなく、

誰かを通してさらに違う理解を入れることが

作品の魅力を多角的に伝えることになるのだろう。

 

 

 

このように、写真集では編集が行われることで、

見開きの印象や1冊の流れをコントロールすることができる。

 

 

ディスプレイとして1枚の写真を見せるのとは違い、

写真集は写真集としての機能を考える必要があるだろう。

 

1枚の写真は、人の指がページを捲る1冊のなかに組み込まれたとき、

別の次元で物語が生まれるのだ。

 

 

あなたが明確な編集スタンスを持っていなければ

専門家に託すという方法もお薦めだ。

 

 

 

 

そこには創像的な源泉が宿っている

 

 

 

では、展示についてはどうだろうか、続けて考えてみよう。

 

編集という流れで言えば、

どのようにどんな空間をレイアウトしていくのか?

というディスプレー構成にフォーカスしてゆく。

 

 

まず考えるのは出展する作品の並びと大きさだ。

 

ディスプレー構成とは、空間の広さに対して

どのくらいの大きさで何枚くらい展示するのか、

それらをどのような順番で並べるのかということだ。

 

 

通常、直線上の壁に展示をするときには、

陳列する額の大きさに対して半分ほどのスペースを

均等に取って並べてゆくとバランスが良いとされ、基準値にしている。

 

この基準に少し幅を広げてゆくと、

作品の1枚1枚の個性が強まり、より贅沢な印象になる。

 

 

また、基準幅より狭めてゆくと、

空間が詰まることで写真同士の連続性が強調され、

同時に作品との親近感が生まれやすくなる。

 

 

大きな会場で、ボリュームのあるサイズもバラバラな展示であれば、

空間全体の調和がより意識されるだろう。

 

現代アートや海外の写真展などが良い例だ。

 

 

同じ展示でも、どのような空間でどんな編集を行うのかというのは、

オーディエンスに対してどんな印象を与え、

どのように伝わるのか、という核心に重要な役割を果たす。

 

 

ディスプレーの組み方で、

物語としてどのように並べるのかということもあるだろうし、

 

出展する空間を生かすために、

作品そのものの構図を意図してディスプレイしたり

 

色や明度の違うプリントから生まれるリズムを

どのように編めばより印象的になるだろうと実験を試みる。

 

 

さあ、あなたの作品はどんなスタイルが理想だろうか?

どう選ぶにせよ、編集作業で必要なのは

明確なスタンスだと言えるだろう。

 

それはあなたの作品のコンセプトにそった

あなたの世界が発露されるときだ。

 

 

完成作品をどのように見て欲しいのか

なにを伝えたいのか

それを冷静に表現してゆくことで

客観的なゴールや理想が手応えとしてわかるだろう。

 

 

それは同時に、創作のセレクトや編集の方法は

とてもシビアなものであることを実感するのだ。

 

 

ひとたび創作の蜜を覚え、

自らの本質と現実を照らし合わせる精神的行為。

 

そこから生まれる純粋な刺激にこそ

あなたの想像欲が宿っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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