Photo@Richard Avedon

ひとの生きざまの断片を残す人物写真。

 

決して自分を写したいとは思わないのに

ひとを撮りたい、という

抗いようのない衝動を感じながら撮りつづけることは

わたしの根底にある生々しい欲そのものなのだろう。

 

そもそもポートレイト(肖像)写真とは

どのような写真を指すのだろうか。

ポートレイトと呼ばれるにふさわしい写真とは何か?

について思うがままに綴ってみたい。

 

 

Photo@Richard Avedon

 

 

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Photo@Richard Avedon

 

 

「ひとの顔が写っていて、その人物が特定できる写真」

 

とゆるく括って説明すれば

パスポートや身分証明書に使われる顔写真のみならず

広告写真やスナップ写真に写り込んでいるひとの写真も

人物を捉えた写真として見ることもできる。

 

 

またインターネット上にアップロードした写真を

自分のプロフィール写真として公開したり

写真に写っているひとをシェアしたりするということが

一般的になっている昨今、

 

膨大な数の「ひとの顔の写った写真」が

個人情報の一部として公開され

そういった写真を見たり

見られたりすることが日常化している。

 

 

場合によっては写真の公開の是非を巡って

「肖像権」が問題となることもある。

 

こういった「ひとの顔が写った写真」が

世の中に溢れかえる状況のなかで

写真家が「ポートレイト写真」を撮影し

作品としてまとめて発表する写真は

 

《明確なテーマを持って撮影されていること》

《写真家と被写体になる人物の関係性に深く根差していること》

 

が重要な意味を持つ。

 

 

 

 

また、ポートレイト写真という形で発表することによって

通常はあまり目を向けられることのないような

多様な人々の存在を世の中に表明したい

という意図も含まれることでもある。

 

 

したがって、写真家が自分のプロジェクトとして

ポートレイト写真の撮影に取り組む場合

実際に行う前に、事前に綿密な調査をしたり

コミュニケーションや対話を重ねて

互いの理解を深めたりする階段が必要不可欠であり、

 

この時間に一番エネルギーを注ぐのは

案外知られていないことのひとつかもしれない。

 

 

目の前のひとへ時間を捧げるのだから、

撮影を続けることによって

被写体との関係性を深めていくということもあれば

その逆もあるというリスクを背負わなければならないのだ。

 

 

どのような場合にせよ、ポートレイト写真の撮影は

ひととの関わりあいの上に成りたつものである以上、

写真がまとまった数のシリーズ作品として発表するためには

膨大な時間を要するもの。

 

すべてうまくいくとは限らないクリエイティヴな時間。

 

 

それは、場合によっては完結した形としてまとめあげることが

難しいことも多々あるだろう。

 

 

ひとことで言えば

関係性のうえに根差し、

ひとを通して時代や社会をも描き出した写真こそが

作品として成りたつ「ポートレイト写真」と呼ばれるに相応しい。

 

世の中に数ある「ひとの顔が写った写真」と

「ポートレイト写真」を識別するとしたら、

このような要素が浮かび上がってくるだろう。

 

 

ポートレイト(portrait)という言葉の語源は

フランス語のportraire (por-traher前に+引きずりだす) に由来する。

 

それゆえ、ポートレイトは表面に現れていることを

写しとることにとどまらず

 

 

被写体の内側、あるいは背後にあるものを

前に引き出すように描き出すことにその意義があるのだ。

 

したがって、「ポートレイト写真を見る」

 

ということは、

 

写された人物が誰かを識別し

風貌を眺めるということだけではなく

 

その人物の視線や、表現、服装、姿勢、仕草、

背景の場所や環境

さらには撮影された時期や季節時間など

 

他人の人生が切り取られた瞬間のなかを通して

さまざまなディテールを注意深く見つめることで

 

その人物の内面や社会的な背景などを

想像し、その投影を味わっていることになるのだろう。

 

 

フランスの写真家リチャード・アヴェドンのポートレイトは

ファッション写真という限定された世界の中で

時代を生きる悦びや新しい時間への躍動感ある作品だ。

 

有名無名にかかわらず、着飾るだけが

モデルではないという真意を魅せてくれたのだ。

 

アヴェドンが撮り続けてきたポートレイト写真には

美しい表情だけではなく、

スタジオのすみでふと垣間見せる儚げな表情や視線

待ち時間のミラーにたたずむ姿などが残されている。

 

パリの路上や観光地も
背景として移ろう光の色合いを印象的に作風に取り入れた。

 

 

ファッションというライフスタイルの美を超えたメッセージを

佇まいや風土や装束をまとう姿も含めて写し撮り

最先端のファッションを古風な美学で丹念に表現されている。

 

 

モデルたちを間近に見つめ続けることによって

写真家として抱く違和感や

距離感も含めた関係性が反映されていると言えよう。

 

白黒写真として捉えられているために

被写体の視線や不安定な表情、

動きのある肢体が強調され

それぞれの内面性が引き出されているようにも感じられる。

 

 

アヴェドンが被写体と真撃に向き合って撮り続けてきた写真は、

被写体と写真を見る人との間に

さまざまな対話を導き出すのではないだろうか。

 

ポートレイトとは何か?

 

この問いのひとつに

「シャターを切るそのひと自身の影」をあげるとすれば

 

ポートレイト写真の力、とは

写されたひとの姿を通して自身のことに引き寄せ

内在する自分と語り、時間を巡らせる

 

そういった重層的なエネルギーのことを現しているのだろう

というのが現時点でわたしが出した答だった。

 

あなたはどうだろうか?

 

 

 

 

 

 

Richard Avedon     http://www.avedonfoundation.org/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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