Sadistic Studio Story
日々の泡, 白黒写実, 随想

Sadistic Studio Story

 

 

 

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スタジオの夢を見た。

 

四角い空間から発光するたくさんのフラッシュが

攻撃するように白く瞬く。

 

眩しくて目を閉じる。

 

あたりが静かになってゆっくりと薄目を開けると

今度は真っ暗でなにも見えない。

 

すると半透明の柱のような物体が

内側から鈍い光を放ってゆらゆらと揺れ動き出す

 

巨大ゼリーみたいだ。

 

透明な揺らめきは、水に潜って空を見上げた時に見える

光の屈折したプリズムにそっくりだった。

 

とろけるような気だるい光の揺らぎが、

流れる川のように壁にそって目の前で発光している。

 

 

それは、曲線を描いて上下に揺らめいたと思うと、

外気に触れたとたん閉じて白っぽく濁る。

 

半透明の塊は、なにかを分泌しているかのように

ゼリー状の表面をゆるやかに震わせて波立っている。

 

少しすると表面がオブラート状になって薄くめくれ、

軽やかなベールとなってひらりと舞いあがり

光を撒き散らしながら

艶かしく空気中に広がってゆく。

 

 

ゾクゾクした。

 

光の布に包まれたい誘惑と

このベールを纏ったら、もうどこにも逃げ出せないという

理由のない恐怖が同時に生まれた。

 

けれど、同時にわたしは、目の前に揺らめく官能的なベールに

心を奪われてしまった。

 

 

離れがたく、立ち止まってじっと見てしまう、

そんな感覚に浸る、脳が痺れてゆく快感。

 

 

悦楽という言葉があるとしたら

 

この時、たしかにわたしの中に

新しくインプットされた悦びの種類があった。

 

 

今でもあの夢が忘れられない。

 

 

 

誰にもわかちあえない、後ろめたいような快楽は

かつてスタジオで起こっていた

わたしの意識だと気付いたのは最近になってからだった。

 

 

 

現実のスタジオはホリゾントの真っ白な空間だ。

 

そこでじっとしていると平衡感覚がなくなり

めまいがすることもあるくらい

立体感が排除され、ときどき自分の存在さえも忘れる。

 

 

「光を操るのが写真家だ」と、著名な誰かが言っていたが

当時のわたしには、“上手く嘘を操れる人間が写真家”だ、

としか聞こえななかった。

言葉の意味を捉えることすらできていなかったのだ。

 

だから、光を読むことや、ましてや光を操るなど

自分にはできるわけがないと思っていた。

 

 

そもそも、ライティングテクニックなど

まったく知らずに写真の世界に入った。

 

どれだけわたしが無鉄砲でも、それは無茶だということに

後々気がつくことになったのもスタジオライティングだった。

 

 

アマチュアとの決定的な違い、

それがライティングの熟知だ。

 

 

どこでもどんな状況下でもイメージ通りに撮れるか

というポイントで全てが決まる。

 

長い間、これがわからなかった。

 

理解できないことが悔しくて、機材を揃えて本当がどうか確かめることにした。

 

 

アシスタント時代、仕事はないが時間だけはたっぷりある。

 

600wの電球を先輩から譲ってもらうと

目に止まるものを無差別に撮っていた。

 

ほとんど収入のないようなアシスタントのバイトでは

モデルを雇うことなど夢のまた夢だった。

 

それに、スタジオライティングもできないのに

人を撮るなどという高尚なことができるわけがなかった。

 

 

この頃、デジタルブームとともに

素人の女性がカメラを操作して写真表現をすることを

各メーカーが流行らせようとして躍起になっていた。

 

若い女性が写真を撮ることに夢中になれば

冷えゆく経済もなんとか持ち越すとでも考えたのか、

新作のレンズやストロボ、小道具と言われるようなカメラ機材を

 

カメラを趣味とする女性たちに無料で貸し出したり、

プレゼントするというメーカーが爆発的に増えた。

 

その代わり、新商品を使って写真を撮り

インターネットで公開することが彼女たちへの条件だった。

 

 

気がつくと雨後の筍のごとく女性写真家が誕生していった時代が来ていた。

 

流行の上澄みだけを綺麗にすくい上げるのが得意な人々は

次々と時代の最先端へ流れ、その手応えを掴んでいたように思えたが

実際にはどうだかわからない。

 

 

当時、わたしはこのターゲットから外れていた。

 

年齢的にもキャリアも、中途半端だというのが理由だった。

 

好奇心であれもこれもと無駄な機材を買う行為に反論している

わたしのようなタイプは、

メーカーからすると邪魔者だったにちがいない。

 

 

素人に混じって新しい機材の貸し出しを提案しても

ことごとく断られた。

 

 

そのたびにわたしは、やり場のない空虚な気持ちになった。

 

 

ライティングの練習になってくれる友人たちも少なく、

だったら何でも撮ればいいと切り替え

わたしは見るものすべてを取り尽くしてやろうとさえ思うほど

狂ったようになにかを撮り続けていた。

 

 

目の前のモノをライトで打っていれば

ときどきやってくる突き刺さるような悲しさや

不透明な未来への不安を忘れられる。

 

だから、わたしは、夜中にひとり室内セッティングをして

ブツ撮りや料理写真や静物写真の真似事をして気を紛らわせた。

 

 

トレーシングペーパーを駆使し、ポリエチレンの白い板に反射させ

とにかくシャッターを押していれば

ひとりの時間でも虚しさから逃れられた。

 

 

 

自己流でライティングした写真がたくさん出来上がっていった。

 

けれど、何か違った。

しっくり来ない。

 

要するに、未熟だった。

 

 

色もまともに出ていないし

新聞のチラシの写真みたいにチープだった。

 

どこが悪いのかわからない。

 

だから機材のせいにして買えるモノはなんでも揃えようと思った。

 

潰れそうなスタジオや、もうじき閉店するカメラ屋があると聞くと

全国を調べて格安で照明機材を購入した。

 

ライティングとはどういうものなのかと

自己流ながら考える時間となった。

 

その結果、機材は無闇に数多く持っていればいいのかと言えば

それは違うけれど、

 

やはりあるレベルを超えた音楽がそれ以上の音質を求める場合、

使う楽器も桁外れになるように

最新の機材とテクニックは比例するものがあった。

 

 

わたしは生活のあらゆるモノを犠牲にして

理想レベルの作品に耐えれる機材を求めて手に入れた。

 

 

とうとう部屋は機材だらけになり

友人と機材置き場を兼ねたスタジオを借りることになった。

 

 

フリーランスになって3年目の頃だった。

 

スタジオライティングを覚えるのに

こんなにも時間と費用がかかるのかと

自分の将来とこの仕事のゆくえを考えさせられた時期だった。

 

 

写真学校を出ていないわたしは、

一部の写真家やスタジオを持っている一流の先生からしか

高度なライティングテクニックは教えてもらえないものだと

勝手に諦めていたが、論点はそこじゃないのだと理解した。

 

 

覚悟だ。

 

ライティング機材だけではなく

これらを使いこなし維持し撮り続けてゆくという

 

ある種、この業界と心中めいた決意が求められているのだという

時代錯誤な結論に達した。

 

 

スタジオを持ってからさまざまな機材の効果的な取り入れ方も

古い照明器具も最新のスタイルも

アイデア次第でどんどん表現が膨らんで手応えになっていった。

 

 

オリジナルなテイストと呼ばれるモノが出来あったのは

それからさらに2年過ぎてからだった。

 

こもりきりで静物ばかりフィルムで撮っていたのが

いつの間にかわたしの代表作になっていった。

 

 

どこからともなく、わたしの静物写真の撮影テクニックを知りたいと

メーカー各社から問い合わせが来るようになった。

 

出版の話やメーカーサイトでの連載まで持ち上がっていた。

 

 

わたしは、自分は特別な技術など持ち合わせておらず、

最新機材も持っていないことを説明して全ての取材を断った。

 

 

心では、ざまあみろ、と思っていた。

 

 

あれだけ邪険にしたのに今頃手のひらを返してなんだというのだ。

 

 

放牧して草を食べ終わった頃に収穫しようとするなんて絶対に抵抗してやる。

 

ざまあみろ。

 

 

 

 

けれど、勝気なわたしの心情は脆くも崩れた。

 

気がつくとすでに女性写真家が多く活躍し、世界に羽ばたいていたのだ。

 

その跡を追いかけるように専門学校を卒業した人々が

いっせいにデジタルカメラを持ち

盛んにグループ展や個展を開き、写真集を出版してゆくという

最短距離を進むスピードの早さに

 

わたしをはじめ、業界全体が気味の悪ささえ覚えていた。

 

 

わたしは、急激に変化するそのあっけに取られるくらいの急ぎ足に

振り落とされないよう必死にならないといけなかった。

 

 

生まれてから一度も必死なんて言葉を意識したことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

続・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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