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Photo @Vivian Maier

 

83歳になるひとりの女性が亡くなった。

冷たい雪が降る冬のシカゴで転倒したあと、

彼女は起き上がることはなかった。  

それがヴィヴィアン・マイヤーという 謎に包まれた女性写真家だった。    

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Photo @Vivian Maier

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Photo @Vivian Maier

 

久しぶりに 「Finding Vivian Maier(ヴィヴィアン・マイヤーを探して)」を観た。  

 

彼女はフランス人の母とオーストリア人の父との間に ニューヨークで生を受け、

少女時代はアメリカと母の実家、 アルザスとの間を行ったり来たりの生活をした。  

5歳でフランスからアメリカに渡った後は 40年間家政婦として暮らし

生涯、財産も家族も持たず、 身寄りもない孤独な女性だったとドキュメント映画では語られていた。  

名声や虚栄とはほど遠い、全く無名の人物である。  

けれど、、、彼女が唯一、 肌身離さず持っていたものがある。  

 

住み込み家政婦で働くための引っ越しの際も

必ず大切に持ち歩いていたもの

それは、 ローライフレックスの二眼レフカメラだった。  

部屋中一杯になる段ボール箱に 無造作に詰め込まれたネガフィルムは

プリントもされていなかった。  

ヴィヴィアン・マイヤーは中判の二眼レフカメラ・ローライフレックスを使用し、
スクエアのストリートスナップ作品を撮っていた。
また、窓に映った姿が有名なセルフポートレイトも。

マイヤーの発表されている作品の多くが、

二眼レフという形式のカメラを使用したスクエアフォーマットだった。  

映画のストーリーや、死後発売された 全米売り上げ一位をキープする彼女の

写真集のことを今更わたしがここで取り上げても仕方がない。  

わたしがこのドキュメント映画に感動した部分は 彼女の、

どこにも媚びない、純粋性の高い写真そのものだ。

 

そして、その膨大な数。  

彼女の死後、発見されたネガや写真は15万点に及び、

アマチュアの域をはるかに超えた優秀な作品たち。  

マイヤー本人もきっと、自身の作品に手応えを感じ

だからこそ世界旅行まで行って撮影をつづけていたのだろう。  

当時、楽ではなかった生活の中でも 写真を死ぬまで続けていたからこそ、

現在、わたしたちが、その傑作を鑑賞することができる。    

ここで大きな疑問がよぎるのは わたしだけはない。  

なぜ、彼女は他者に見せなかったのか?

そして、なぜ、写真を撮り続けたのか?  

 

内的な欲求を、それを叶える自分のために

シャッターを切っていたのだろうか?  

仮に、マイヤーが裕福な家庭で生まれ育ち、

ローライフレックスやライカやフィルムや現像液が

余裕を持って大量に買ことができ

世界を旅することも時間つぶしのようであったなら

 映画になることはなかったであろう。  

そうだとしたら、世間嫌いの ただの引きこもりになってしまうからだ。    

 

彼女の謎は、その生涯と作品同様、

研究が進んでいるとしてもずっとわからないままだ。  

そして、わたしはそれでいいと思っている。  

 

ヴィヴィアン・マイヤーは 写真を撮る人々の間で 女神のような存在となった。  

作品の素晴らしさを通して名声を得た。  

大量にプリントされ、 同時に、売り上げも全世界で伸び続け、

それを扱う人々にお金をもたらす存在”となった。  

何も受け取らず、 孤独に死んでいったのは彼女だけだ。  

意図的にそういった世界を断絶していたのであれば なおさら、

それは一体どうして?   という謎が謎を呼ぶ・・・・  

 

と世間ではそういうシナリオさえ出来上がっている。    

 

わたしは、ドキュメンタリー映画の小細工に 引っかかるものがあった。

  “身寄りもない孤独な女性、 名声や虚栄とはほど遠い全く無名の人物”  

シナリオ上、すなわち、

全世界で映画の興行成績を伸ばしたければ 戦略的にこうなるのは仕方がない。

しかし、果たして本当にそうだったのだろうか?        

れは謎ではなく、写真から読み取ることと言ってもいい。  

マイヤーは、1950年代から1990年代にかけ

シカゴのストリートフォトを撮り、街へ繰り出しあらゆる人、

子供や 路上生活者へレンズを向けた。  

 

ブルジョワが着る毛皮もエナメルのバッグやハイヒールも

ポリスも犯罪者もありとあらゆる対象者へ 同じ視線、同じ感情で。  

そこに、大きなメッセージ性は感じられない。  

 

彼女にとって街中のウィンドウで撮る セルフポートレイトと同じように

自分を含むあらゆる世界から一線を引いていてながらにして、

レンズを通すことでそれらと関わることをやめなかった。  

人物は圧倒的に至近距離が多い。

それらの写真から読み取れるのは、

積極的に話しかけ、 時間を共にした人間味のある表情がうかがえる。  

その一方で、スリルある隠し撮りの著作権無視な行為も

マイヤーは自分のご褒美のようなものとして楽しんだに違いない。      

そこに意味など持たせたくない。    

 

2眼レフのスナップで気の向くままこころが動くものであればなんでも記録していった。  

脈絡なくシャッターを切り、その瞬間の手応えだけで

どのように理想的に写っているのかを直感した。  

だから、現像をしなくても 彼女のこころの中にその風景がしっかりと残されている。  

写真という、他人の人生の一瞬を通り過ぎた 自分だけの悦楽。

それだけでいいではないか、とわたしは思うのだ。      

 

彼女は、その時代に生き、  

戦後アメリカのリアルを ユニークさと優しさをもって記録し続けた。  

それはきっと   毎日楽しくて仕方がなかっただろうと想像するのだ。  

ローライフレックスを首からぶら下げた現代の日本人女性たちもそう感じている方がいるのではないか。    

あなたはどうだろう?    

ヴィヴィアン・マイヤー公式サイト   http://www.vivianmaier.com/  

Finding Vivian Maier(ヴィヴィアン・マイヤーを探して)  」      

 

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