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《偶然を想像できるかどうか?》

 

写真表現を続けていく中で迷いが生まれたり

なんとなく前へ進めなくなったら、

 

いつでもこの問いに立ち返ると良いと思います。

 

 

つまり、あなたは写真をどう撮るか? というよりも、

どう視るか、視るようになれるかにフォーカスしてゆくということです。

 

なるべくたくさんの本物、本質に触れ

その機会を積極的につくり、肌感覚に落とし込んでみると

この言葉の意味がわかるようになってきます。

 

それは、どんなに古い作品でも、前衛アートでも

理解の深まってきますので、ぜひ続けてみてください。

 

 

日本を代表する故岡本太郎氏は

「写真とは、偶然を偶然としてとらえて必然にする力のことだ」と残しています。

 

 

わたしはこれに対して、さまざまな偶然が重なって

ひとつの必然に変わる瞬間を写しているのだ、ということのほかに

 

その一枚の写真の中には、多いなるつながりが封じ込まれていると考えています。

 

 

つまり、そういうつながりがすべて写っているものが写真、というもの。

 

 

一枚に表された途端、

それまでは具体的に意識したことなどないはずなのに、

写実として振り返ると

 

すべてのものごとがつながって小さな偶然から始まったそれらが、

大きな必然へと変革してやがて

くっきりとしたアウトラインを綴ってつながっているのがわかるのです。

 

 

そんな経験があなたにもあるのではないでしょうか。

 

 

そして、すべての写真はこの要素を孕んでいると想うのです。

 

 

 

 

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たとえば、西洋絵画の世界でも

こうした運命的な出来事がいくつも重なった結果、

多くの傑作が生まれています。

 

 

わたしたちがよく知るフランスで派生した「印象派」も

代表的な偶然の必然だったことは有名です。

 

 

当時、1840年代に金属製チューブ入りの絵の具が発明され

画家たちがデッサンだけではない写生が本格的にできるようになったのは、

屋外の光の移ろいを表現するきっかけにつながっています。

 

 

それまで絵の具はアトリエで調合して使うケースがほとんどで、

屋外に画材一式を持ち出して描かなければなりませんでした。

 

けれど、そのおかげでここから名作も多々生まれました。

 

 

1890年代には科学者によって、太陽光が7色のスペクトルで

構成されてることが証明されています。

 

この光学理論をベースに新たな画法が生まれたのです。

 

そのひとつが、点描画です。

 

青と黄の絵の具を混ぜて緑を作る既存の方法に対して、

青と黄の小さなドットを並べて緑に見せる点描による色彩表現。

 

この手法を用いることで、それまで絵の具を混ぜると暗くなりやすかった明度も、

明るい状態を維持できるようになったのでした。

 

 

当時の画家たちに悩ましかった昼間ならではの明るさは

こうして表現できるようになったのです。

 

 

さらに、点の集合体である面を組み合わせ形状や

立体感を描く技法も生まれました。

 

これらはすべて、輪郭は線で描くものという、

ギリシャ時代から続いてきた常識を覆してしまったのですから、

小さな偶然が大きな必然となった代表的なアートなのだと言えます。

 

このように、《表現方法》と《視覚》を初めて一致させた

印象派の画法は現代でも継承されています。

 

これは永い絵画の歴史においても大革命であったのだろうと思います、

 

写真と同じく、印象派の絵画に多く見られるのは、

描かれている光の質やその場の中に起こった前後の時間、

なによりも画家自身が感じた情景ではないでしょうか。

 

 

ですから、さまざまな事象に対して

想いが一枚の絵に凝縮されています。

 

わたしたちは、ブレッソンの写真を見る時、

一枚の写真では語ることのできないはずの

“何か”が写っているのを感じるのと同じように

 

単なる偶然ではなく、

そこに至るまでの経緯を含めた必然が

そこに生まれていているのがわかるのです。

 

 

これは、わたしたちは先人の撮った一枚の写真を楽しむだけではなく、

その前後がどのようなものであったのかを

意識しながら見ているという意味です。

 

 

ですから、彼の作品の多くを知っているかどうかで

写真の見方は変わってくるのは当然です。

 

これは、有名写真家ではなくてもたくさんの人の表現を見ることで

個人的な経緯や思いまでも想像がつき、

明快にわかるようになってきます。

 

 

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けれど、一般的にはまったく知らない写真家や

その作品に関してはその経緯を知ることは難しいと思われがちです。

 

 

ですから、観覧者であるあなたは、

多くの想像力を持って写真作品を視てゆくしかありません。

 

 

その時、あなたの想像力を養うにはどうしたらいいのか?

 

 

これは、実は、ひとりでできるやり方がありますので

この機会に覚えてしまいましょう。

 

 

 

まずは、あなたが撮った写真のなかで好きな写真を一枚選び出します。

 

 

そして、目の前において、その写真を撮影した経緯を思い出しながら、

なんどもなんども丁寧にその一枚を視てみてみるのです。

 

すると、その頃には思いもしなかったような細かな情景や

その頃のあなたの心理が沸き起こってきます。

 

 

「そうだった。

あの日、この場所こにいて、

久しぶりに友達と逢ったんだった。

 

嬉しくてたくさん笑って、

そんな気持ちのまま帰り道にこの風景を撮ったのだった」

 

 

こんな風に少しでも思い出すことが出来たら、それでいいのです。

 

 

そのことを意識できれば、次は他人の写真でも同じように想像して

理解できるようになりますし

 

こうしているうちに、自分の写真作品についても

さらに深く再考することが可能なのです。

 

他人が「外部」であるとすれば

あなたの内部世界にはどんなものが写っているのか・・・

 

そして、「わたしが本当に好きな写真はどういうものか」

ということも整理ができるようになるのです。

 

 

すると、不思議なことに、あなたの撮る写真も変わってゆくはずです。

 

というのも、そこにあなたの本当の心がある限り、

あなたの人生と写真とが、

相乗効果でどんどんとスピードを増して

新しいなにかにつながってゆくのです。

 

 

目の前にある出来事の、

ほんの小さな偶然が創造した誰かの表情や

 

その手前で起こっていること、突き動かされるもの

 

その時のあなたのまなざしの先にある情景へ目を凝らしてゆく。

 

 

その小さな偶然の出会いによって、

あなたが決めた瞬間がそこから生まれた写真です。

 

 

偶然性から必然を集めて行く。

 

 

それを繰り返すことであなたは、

そのことさえも当たり前になってゆき、

やがて

意識的に必然を生み出す必要がなくなってゆくのです。

 

 

 

ひとつひとつは小さな偶然だったとしても、

それを重ね合わせ振り返ってみると

 

予想以上の大きな必然のつらなりが創造されていることを知るのです。

 

 

 

もしくは、《見つけることができる》と言ったほうが

ピンとくる方が多いかもしれません。

 

 

 

《偶然を想像する》

 

このことを日常へ落とし込むことにより

あなたにとっての大切な一枚一枚の写真が

大きくその意味合いを変えていくことと想います。

 

 

それは、かつての印象派の画家たちが、

偶然に選んだ場所でその土地を描いたことが

その後、すべての作品に大きな影響を与えることとなったように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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