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写真と音楽は似ている。

 

アナログレコードに針をおとしてソファで目を閉じる時、

音楽という可視化できない感覚表現と

脳内で浮かんだイメージがリンクすることがある。

 

たとえば、作品モチーフを考えるとき。

それはメロディを想い浮かべるようなものかもしれない。

インパクトのある音楽が誰にでもストレートに届く明快なメロディでありながら

斬新さに欠け幼稚に聴こえてしまうように、

写真表現もまた、手垢の着きすぎたモチーフを使うと

よほどの哲学が根底にない限り安易なメッセージになってしまうことがある。

 

モノクロ写真のハイライトとシャドーは高音と低音のバランスのように感じるし

繊細なグラデーションから成り立つ写真の光や色の表現は、

音の全体を構成するハーモニーみたいだと想う。

それらの音源がどんな楽器で奏でられているのかを想像したり

まったく別のなにかに変換するのも面白い。

 

個人的に好きな音は、優しくてナイーブな、

波動と波動の余韻が連鎖したあとに生まれる別次元の旋律。

それに限りなく近い写真のトーン、色、質感とはどんなものだろうか。

 

もしくは、生々しい感覚のキースジャレットの即興ピアノジャズや

洗練されていない真夏のボサノヴァ、

果たしてそれは可視化するとしたらどんな光と色の時空間ができあがるだろう。

 

音楽という可視化できない暗号の連続のなかで自ら漂うき。

いつしかそれは、共鳴して

響き合う音を拾い集め

まるでシャッターを押す前のヒリヒリする刹那につながっている。

 

 

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色彩や全体のトーンで視せる手法はどんなジャンルの表現者にも求められるいわば、作り手の文脈だ。

モデルの文脈は身体の使い方で伝えるものだし

絵描きの文脈は色や構図で世界を描く。

謳うひとは口をひらく動作が文脈となり、

踊るひとは舞台に立つ時間そのものが文脈となってゆく。

 

内なるものを音符に描くと、そこから弾かれた振動が

音のリズムとなって写真のフレーミングを構成する。

 

わたしにはわたしだけのメロディがあるように

あなたはあなただけのメロディを細部に宿らせ

どこまでもゆたかに響かせることができるだろう。

 

 

 

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