読む寫眞 13  ドキュメンタリーと未来
写真論, 随想

読む寫眞 13  ドキュメンタリーと未来

 

 

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Photo@ Robert Capa /Magnum Photos

 

 

 

“すべてはNONからはじまる”

 

そんな言葉が浮かぶ現代アートのなかで

写真表現を読む。

 

 

わたしたちは、いま《ニュー・ドキュメンタリーの時代》

を過ぎ去ろうとして

次の流れが起こっているはざまのただ中にいるのだろう。

 

 

「読む寫眞」では、

現代の写真表現の主流である

「ニュー・ドキュメンタリー」の確立まえに重点をおき、

 

原型となる「ドキュメンタリー写真」

という強烈なジャンルの存在を

 

さまざまな作家の作品をご紹介しながら

現代アートの文脈を伝えてゆこうと思う。

 

 

 

 

現在の写真表現の流れ

 

 

 

「ドキュメンタリー写真」と対立したのは

以前ここで書いた「ピクトリアリズム」表現。

 

 

1870年代から生まれた甘美で抽象的なイメージが、

現在写真アートやアートフォトの主流であった「ピクトリアリズム」だが、

 

この「ピクトリアリズム」が否定されはじめることで

「ドキュメンタリー写真」というジャンルが生まれた。

 

 

(「ピクトリアリズム」に関しては

内容が重複してしまうので過去記事をお読みいただくとして、

ここでは割愛させていただきます。)

 

 

 

当時の否定派の発言はこうだった。

 

《写真とは、ある瞬間の事象を切り取って一枚に記録するもの。》

 

 

「ピクトリアリズム」のように、

絵画のような写真に仕上げるのであれば

絵を描いたり版画のほうが適しているのではないか、

と当時斬新なアート表現を反論をしたのだ。

 

 

この動きは

「世界に何が起こっているのか?」を投げかける

ジャーナリストや批評家にも起こった。

 

時間や空間をイメージとして写実表現する「ピクトリアリズム」と

いま、ここ、を一枚におさめることが写真だと主張するリアリズム。

 

 

そうして「それぞれの瞬間の事象」にこだわりながら、

オリジナリティのある表現を追求しようと主張する

写真家たちが出現していったのが1920年代からだった。

 

 

もともと、ドキュメンタリーという概念は、

30年代に映画監督ジョン・グリアソンが

ある種のノンフィクション映画を目指すのに使ったものであった。

 

 

象徴主義やピクトリアリズムを経たのちに

写真本来の特性を重視する

「ストレート・フォトグラフィ」を取り戻すようにと、

写真家たちも用いるようになった考えになっていったのだ。

 

 

 

 

 

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Photo @Walker-Evans

 

 

 

 

 

写真にも応用可能な、分かりやすい分類は、

「フィクション」と「ノンフィクション」という

2つのカテゴリーからなっている。

 

 

「ノンフィクション」のサブカテゴリである「ドキュメンタリー」は、

 

証明写真などの芸術的な意図をいっさい排除した

「現実性の絵」に相対する概念として、

 

「現実性のなかの創造加工」と定義されるようになってゆく。

 

 

 

このように分類すると都合がいいかもしれないのだが、

いつの時代もアートは変動的なものだ。

 

 

長い間、問われてきた問いのひとつに

 

《ドキュメンタリー写真とは、記録なのかアートなのか》

が根強くのこっている。

 

 

 


 

 

写真という技術は、詳細で忠実な現実の表現を求めて、

ルネサンス以前から行われていた

人間の進化の頂点の芸術とも言われていた。

 

カメラという装置を使うことで

個人の能力がほとんど影響せず、

機械的な過程から生み出される「写った絵」。

 

 

写真は厳密で、誠実な「リアル表現」とみなされ

 

写真とはカメラの前に存在していたものの動かぬ証拠、

すなわち記録(=ドキュメント)であるという

幻想が生まれたのである。

 

 

 

科学的な記録とアート作品の間を揺れ動く「写真」が

孕んでいる矛盾の中で、

「ドキュメンタリー」というジャンルが

いかにわたしたちの写真の見方を形成し、

その後の影響を与えてきたのか。

 

 

「ドキュメンタリー写真」の曖昧な境界線をお伝えしたい。

 

 

 

 

 

 New York, c1890.
Jacob Riis「How the Other Half Lives」

 

 

 

 

ジャンルがなかった頃のドキュメンタリー写真

 

 

 

実は「ドキュメンタリー」というジャンルは

19世紀後半から20世紀初頭にかけて、既に存在していた。

 

ロジャー・フェントンやマシュー・オサリバンら

戦場写真のパイオニアのほかにも、

貧困の中で生きるロンドン市民を撮った

ジョン・トムソンのような写真家もいた。

 

 

 

 

月刊誌として出版されていた「Street Life in London」(1876〜77年)と

 

ジェイコブ・リースが同様の主題をニューヨークで撮った

「How the Other Half Lives」(1890年)は、

 

ドキュメンタリーのサブジャンルである

「社会派ドキュメンタリー」を確立していた。

 

 

その頃、写真家はまだ少数派だったが、

20世紀初頭までに写真はひとつのメディアとして

注目されるようになっていった。

 

 

 

フォトジャーナリズムが黄金期を築いたのは20世紀前半だった。

 

1930年代にはライカなどの35ミリカメラの登場や

フラッシュの発達によって

 

これまでの重い機材では不可能であった状況下でも

すばやく撮影することが可能になったことから

 

ドキュメンタリーの中でも

フォトジャーナリズムが飛躍的な発展を遂げた。

 

 

「LIFE」「LOOK」などの雑誌や新聞が

次々と創刊され、それに伴い写真の需要が急激に増加し、

印刷メディアとフォトジャーナリズムは

30〜50年代に黄金期を迎える。

 

 

写真は単なる挿絵からニュースそのものとなり、

本文は解説文に格下げされた。

 

 

同時にファッションや広告写真も著しい進化を遂げた。

 

新時代を迎えた視覚文化において、

写真は中心的な役割を担うようになっていったのだ。

 

 

 

また、同じ時代、映画も急成長したことから、

 

そもそも映画の分類に使われていた「ドキュメンタリー」という用語は

自然と写真にも使われるようになったのだ。

 

 

 

アメリカのプロパガンダ作戦の一環として

貧しい農村に派遣されたウォーカー・エヴォンス、

ドロシア・ラング・ゴードン・パークスらの写真家が

 

貧困にあえぐ農民の生活を記録した写真は、

当時、大恐慌に打ちのめされた田舎の様子を

都市の人々に伝えるためのストレートなメディアだった。

 

 

 

 

 

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キャパとブレッソン ー  報道写真とアートの融合

 

 

 

当時フォトジャーナリストとして

忘れてはならない人物が

ロバート・キャパとアンリ・カルティエ=ブレッソンである。

 

 

戦場写真家といえばキャパであり、

ブレッソンは芸術とジャーナリズムの間の架け橋となる存在になった。

 

 

1947年、彼らが中心となった写真家集団、

「マグナム・フォト」を設立され

現代でもゆるぎない思想が受け継がれている。

 

 

 

1936年スペイン内戦が勃発した際、

軽量化されたカメラ機材を駆使したキャパは

伝説の戦場写真「崩れ落ちる兵士」を撮影した。

 

 

これはブレッソンが提唱した「決定的瞬間」の代表作として

新しいタイプの戦場写真となり、

写真の持つ象徴的な性質が存分に凝縮されたものとなった。

 

 

そうして、報道写真は、世界のニュースを伝えるために

「出来事」が起きている最中に

撮影しなければならないものとなったのだった。

 

 

ノルマンディ上陸作戦を撮ったキャパの

「The Magnificent Eleven」や

広島、長崎に投下された原爆の画像など

 

第二次世界大戦とそれ以降の

史実の記録の中心となったのは写真であり、

 

この時代の歴史図鑑は

写真によって構成されていると言ってもいいだろう。

 

 

 

 

 

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Photo@ Robert Capa

 

 

 

 

またこの時代は、ヴィジュアル文化における重要性と

メディアにおける影響力を備えたフォトジャーナリズムこそが、

「ドキュメンタリー写真」とみなされる傾向にあった。

 

 

この時、戦場写真やプロパカンダ向けのドキュメンタリー写真のとなりに、

次の時代へ開花することになる流れが芽生えていた。

 

 

 

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「Let Us Now Praise Famous Men」

 

 

 

エヴァンスはジェームス・エイジーとともに、

小作農の家族と過ごした個人的な体験を

リアルに書き出した

「Let Us Now Praise Famous Men」(1941)を発表した。

 

 

これは、数枚の写真で物語りを説明し、

オーディエンスの注意を一瞬で引きつけなければならない

フォトジャーナリズムの迫力とは逆に、

 

1枚1枚の画像に重きをおかずに、

全体の大きな流れの中で

それぞれの役割を持たせるという、新しい手法を現したのだった。

 

 

 

彼のもう一つの代表的写真集「American Photographs」(1938年)もまた

写真集という形式の中で、

ジャーナリズム写真を見せる新しい道を切り開いている。

 

 

彼が、「敘情的ドキュメンタリー」と称した

率直で個人的な写真表現は、

 

時代を先読みし、これから続く世代が

写真を語るうえで影響を与えたのだ。

 

 

エヴァンスは写真の世界のひとつの扉を開けたが、

それは日々、現代のわたしたちへもつながっているのだ。

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

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