ZEISS Milvus 1.4/50 portrait 14  BLACK  and  WHY
portrait, 神話

ZEISS Milvus 1.4/50 portrait 14  BLACK and WHY

 

 

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Model : 心月 mitsuki 

 

 

 

 

かつて憧れていたのは、カルティエ=ブレッソンや

エリオット・アーウィット、木村伊兵衛氏といった

不特定な人々を瞬間的スナップで狙った王道的な人物写真だった。

 

 

巨匠たちの深層にひたり、

 

どうやったらあのような何気ない表情や

ユーモアさが秘められた決定的な動きを写真に収めることができるのか、

必死で撮り方を考え、目標としていた頃があった。

 

 

けれど、ある時点で、

そんな巨匠たちの名作への興味が

わたしの中で急激に消えていった。

 

冷静に自分の撮った写真を見たとき

被写体への感動や距離感が薄く、

 

ただがむしゃらにシャッターを切った荒削りでスピード感があるだけの

街スナップから一線を出ていない「作品」とはほど遠い写真ばかりだった。

 

 

どこに強いこだわりがあるのかも追求できていなかった未熟者には

よくあることかも知れない。

 

 

欠如していたのはそれだけではなかった。

 

最終表現のプリントにして客観すると

いつの間にかわたし纏わりついていた薄っぺらい金メッキが跡形もなく剥がれ

そこからできた隙間に闇だけが残った。

 

 

 

悪魔のような囁きが現れ、わたしを攻め立てた。

 

 

なぜ、それを撮るのか?

 

そしてなぜ、それは、わたしなのか?

 

 

闇から聞こえてくる悪魔も声はどこからでも現れた。

 

 

 

なぜ、どうして

 

どうして

 

なぜなのか。

 

 

黒い声を聞いているうちに

目の前の写真たちが、

どうしようもない消耗品にしか見えなくなり

 

ついに創作意義をまったく感じなくなっていった。

 

 

わたしはひどく落ち込んだあとしばらく

写真を撮れなくなるほどまで

黒い果ての闇にひとり転がり落ちていった。

 

 

だからといって、巨匠たちの作品の憧れがなくなったのかといえば

決してそうではなく、

 

むしろ、わたしが決定的に撮れない分野だと理解したこのときから

彼らへの純粋な尊敬と愛が深まっていった。

 

 

黒い声はあくまでわたしの心の変化がそう言わせ、

そう聞こえたのであって

 

探究心というものは、突然現れては崩壊し、

 

いつでも奈落の果てに落とされる危険を孕みながら

恐れと向き合う孤独な時間だと、

やっと肌でわかるような気がした。

 

 

月日が流れ、わたしの生活も社会全体も変容し、

寄り添うようにわたしの意識も変化していった。

 

 

東北の地で震災を経験し、

世界の中で写真という記録の意味づけが崩れ去った。

 

 

絵を描かなくなった絵描きが、やはり絵を諦められないように

 

わたしもまた人物が撮りたいと強く願うようになってきた。

 

 

以前と明らかに違っていたのは、

不特定の人たちを狙うようなスナップ写真ではなく

 

わたしが撮りたいと心から想うひと、

またはわたしに撮ってほしいと願うひとの写真を撮ることだった。

 

 

アート表現だけではなく、記録だけでもなく

それらの文脈に流れる重層的な時間。

 

そのうたかたを美しく定着させるための

光に意味を持つようになったのだ。

 

 

そこに特別な意味を持つこともやめた。

 

その代わり、自分で自分に悪魔のごとく問い続けるのだ。

 

 

 

 

なぜ。

 

どうして。

 

 

 

 

 

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